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2017年最後の一時帰国(前編)
12月13日 水曜日

本日よりまた一時帰国。
日本へ帰っても今回はどこかへ一泊旅行しようという予定もないし、誰かと会うような約束もない。
さりとて、帰宅してのんびりできるような性格でもない。

12月に入って、バンコクでも昼の時間が短くなってきていることを感じる。
夕方は6時には暗くなるし、夜が明けて、明るくなるのも6時過ぎ。
いつものワンパターンで、朝の中華航空に乗るのに、6時半前にアパートを出るが、まだ空は紫色。

ネコはまた今日から留守番です
[ネコはまた今日から留守番です]

今月に入って、アパート前のソイ入り口で大掛かりな工事が始まった。
またセメント工場でも増築してるのかと思っていたが、工事現場の前に掲げてある掲示板を見たら、地下鉄の駅を作っているらしい。
オレンジラインという地下鉄が、タイ文化センターからミンブリの方へ伸びるようなのだが、そのなかの一つの駅らしい。
しかし、工事は始まったけれど、完成まではまだかなり時間がかかることだろう。
それに、バンコクの都心に乗り入れるわけではなく、郊外を結ぶだけで、完成しても私にとってあんまり利用価値が高くなさそうに思える。
バンコクの都心部には地下鉄の新線計画があるようにも聞こえてこないし、プラレールのような短い3両編成の電車では朝夕のラッシュはさばき切れていない。

地下鉄駅工事
[掲示板には工期は5年と書かれているが、はたしていつ完成するのやら]

しばらく改装工事で閉まっていたバンコク空港の中華航空ラウンジが再開していた。
以前よりも仕切りの壁などが無くなってすっきりしたように見える。
しかし、以前はあった麺類の注文はできなくなってしまっていた。
サンドウィッチや飲茶などはあるが、麺類はタイのカップラーメンが置かれているだけで、サービスダウンに思われる。
麺類に代わってお粥になったかなと思われた茶碗は、白いご飯の上に豚挽き肉が載ったもので、お粥でもなかった。

それでもラウンジでのんびりしてたらファイナルコールになってしまっていた。
中華航空は大体いつもコンコースのはずれが搭乗口なので、ラウンジからでも結構歩かなくてはならず、小走りでゲートに向かう。

私の席はエコノミークラスの8Dというシートで、前が壁で足元が広い。
それに、搭乗率は7~8割くらいのようだけど、私の横一列は空席なので、かなり快適。
機内食は豚か鶏かと言うことなので、鶏を注文したら、タイ風に生姜で炒めたチキンがメインだった。
メインは乗るたびにメニューが変わるようだが、サイドメニューはいつも同じで、ソムタムのようなサラダが付いてくる。
味はマイルドで、辛さよりも甘酸っぱさ強調されている。
このソムタムはバンコク線だから提供されていて、シンガポールやクアラルンプールなど他の東南アジア線では提供されていないのだろうか?
私はバンコク線しか乗ったことがないので、どうもよくわからない。

バンコク-台北間の機内食
[前回乗ったノックスクートの機内食とは全然違う]

機内では映画も見た。
山田洋次監督の「家族はつらい2」。
高齢者の運転免許返上を筋にした物語だったけれど、「男はつらいよ」のような哀愁はほとんど感じなかった。
老人を主人公にしていても社会問題がテーマというよりも、コメディーのように感じた。
それと橋爪功さん、小林稔侍さんが、このような老人役を演じるようになっていることに驚く。
日本を離れて暮らして、テレビなども見る機会がないので、知っている俳優さんを最近の映像で見ると、まったく浦島太郎の心境になってしまう。

台北での乗り継ぎでもラウンジで食べる。
台北のラウンジでは、麺類コーナーが健在で、定番の牛肉麺をはじめ何種類かの台湾ヌードルが揃ている。
前回は炸醤麺を食べたが、今回はもう炸醤麺がメニューから消えている。
炸醤麺は好きなのでなくなったのは残念だけど、代わりに肉燥麺を注文。
麺類コーナーの自動注文票発行機には肉燥麺のことを「台湾風甘辛ミートソース麺」と日本語で説明書きがしてあった。

麺類自動注文機
[食べたい麺類のボタンにタッチすると食券が出てくる お金は入れなくてもOK]

もちろん、出てきた肉燥麺はスパゲティーボロネーズとはだいぶ違う、豚肉ソボロ載せ汁なし麺で、キュウリの千切りを付いていて、味は炸醤麺に近い感じで、嫌いな味ではない。
ビールとの相性も良い。

肉燥麺
[これが肉燥麺だけど、前回食べた炸醤麺との違いがよくわからない]

台北から成田までも、バンコクからと同じ8Dと言うシート番号で、しかもやはり隣は空席になっているので居住環境はすこぶる良い。
こんどは機内音楽チャンネルから「日本ゴールド」というちょっと古い歌謡曲を集めた番組を聴く。
イヤホンを差し込んですぐに聞こえてきたのがキャンディーズの歌声だったのは感動的だったのだけれど、歌は「暑中お見舞い申し上げます」で、前回9月の終わりに乗った時と同じ番組内容だった。
しかも、前回の段階でも夏をテーマにした歌の特集で、もう秋の特集でも良いくらいなのにと感じていたのに、この12月になっても夏のテーマと言うのは、北半球を飛んでいるのに違和感を感じてしまう。
12月なんだからクリスマスをテーマにした歌特集でも良かったのに、、そうそう、さっきのラウンジでのBGMはクリスマス特集で、松任谷由実の「恋人はサンタクロース」も流れていた。
でもやっぱりキャンディーズが機内で聴けるのはうれしい。

機内食は豚肉の薄切りライスで、なんとなく中華風豚丼のようなメニューであった。
座席のテーブルをふたつ使って食べられるので、隣の人に肘が当たったりすることもなく、エコノミーの食事でも、大満足できてしまう。

テーブルをふたつ使う
[エコノミーの機内食でもテーブルをふたつ使って広々食べると、良い感じに見えるかな]

成田に着陸して、機外に出たら、12月でターミナルの中は暖房が効いているのだろうけれども、やはり肌寒く感じた。
台湾からの観光客は着たきり雀の私と違って、早くも防寒着などを着込んで、入国審査場へ急いでいた。

都内までは東京シャトルのバス。
いままでとルートが変わったのか、湾岸道路ではなく、京葉道路経由であった。
京葉道の方が高速代が安いからなのか、湾岸道が渋滞しているからなのか、理由はわからないけれど、東京駅までは1時間ほどで走ってくれた。

家に着いたのは夜の9時半。
今夜は流星群が見えるということだったので、親子3人で夜の滝山グランドまで散歩して、星空を眺めてみる。
しかし、冬の夜空とはいえ、東京郊外では、満天の星空と言うわけではなく、かろうじてオリオン座が見える程度で、しばらく上を見上げていたが、結局流れ星は一つも見られなかった。




12月14日 木曜日

午前中に自転車に乗って墓参り。
小平霊園までの途中に「天丼てんや」がある。
つい先日のウェブニュースに来年からワンコインでは天丼が食べられなくなるような、つまり値上げするような記事を読んでいた。
私がまだ20代だったころ、新宿西口の地下道を昼時に歩く機会があると、しばしば「天丼てんや」で500円の天丼を食べたものだ。
500円で揚げたての天ぷらが食べられるのは、当時随分と感動したものだった。
立ち食いソバの「天玉そば」が420円であっても、天丼とはボリュームが違うし、それに海老天の有無の差も大きかった。
牛丼は値上げしたり、値下げしたり、販売中止になったりと、随分と目まぐるしいけど、30年近くも500円を維持していたとは、すごいことだと思う。
今回滞在中に食べようかと思っていたが、個人的にデフレが進行している身分としては、500円=150バーツと言った金銭感覚から、食べそびれてしまった。

小平霊園から花小金井の住友銀行まで水道道路。
この道は遊歩道兼サイクリングロードになっていて、小学校の時に友人数人とこの水道道路を自転車で走って、ユネスコ村まで往復したことがある。
そのときも持たせてもらった弁当のおかずは、揚げ餃子だった記憶がある。
たぶん、前の晩あたりに食べ残した餃子を油で揚げたものだったのだろうけれど、友人たちと分け合って、随分と好評だったことを覚えている。

水道道路はまだ秋の景色
[武蔵野の面影をたどる散歩道としては最高です]

その水道道路に古い民家を集めた施設があり、ちょっと立ち寄ってみる。
小平周辺には「〇〇新田」と名の付く地名が多く、江戸時代に新田開発が盛んに行われていたそうなのだが、私が子供のころを思い出しても、ここ武蔵野台地では田んぼなど見たことがない。
畑や雑木林はまだまだたくさんあった。
田んぼは、東村山の八国山あたりまで行かなくては、見られなかった。

移築された古い民家
[東久留米にも以前は柳窪あたりにこんな民家が残っていた 今でもあるかは確認していない]

風が少し強くて、寒いけれども、よく晴れていて日差しは暖かかった。
12月の半ばなのにまだモミジが真っ赤な葉っぱを落とさずにいる姿が見られた。

青空にモミジ
[風は冷たいけど、鮮やかな紅葉が見られて嬉しい]

お地蔵さん
[道端のお地蔵さんも小春日を背中に受けてます]

夜、父親と会って近所のファミリーレストラン「ロイヤルホスト」に入る。
高校を卒業して以来、ファミレスなどまず入ったことはない。
洋風メニュー以外に、和風のものもあり、「冬の御馳走膳」と言うものを注文。
メニューの写真には大きな鯛の切り身が載ったご飯や海老と帆立が写っていたが、実際に出てきたものは、写真よりも二回りくらい小さいようだ。
それに鯛も焼いてから時間でも経っているのか、すこしパサパサしていた。
やっぱり、ファミレスとはこんなもんだったのだろうか。

父は先日、父の兄弟たち全員が揃う機会があったと言うようなことを話した。
しかし、私は父の兄弟が何人いるのかさえ、実はよく知らない。
父と母は私が小学校の時に離婚しており、それから8年前に母が他界するまで父とはほとんど没交渉であった。
昭和10年生まれの父も、82歳。
私は父のことをほんとんど何も知らない。

子供のころの記憶では、父は魚なら骨まで炙って食べてしまえような人だった。
肉より魚だったはずだけれども、父が注文したものは「黒毛和牛ステーキ」だった。
ハイボールも2杯飲んでいた。
ウイスキーはダルマや角瓶が棚にあったように昔の記憶にある。

ファミレスの支払いは10,000円ほどだったけれど、私がカードで払う。
食事代を私が出すなんてのは、たぶん初めてのことのように思える。

つづく


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| 日常 | 09:19 AM | comments (0) | trackback (0) |
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