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6月11日 月曜日

昨日の昼過ぎから寝ていた優泰は6時には起きだし、2人で運動をする。ジョギングの途中でパートンコーと豆乳を買ってアパートへ戻る。朝食に優泰にはニラ玉を作ってやる。出し汁に砂糖を入れすぎてかなり甘ったるいニラ玉となってしまった。私はパートンコーを14バーツ分も買ったので、18個も入っていたうちの12個を食べてしまい、軽い朝食のはずが、相当重い朝食となってしまった。

優泰を幼稚園に送ってからPCに向かう。あーあ、また今週も1週間が始まってしまった。本来なら今週あたりバンコクへ出て、すこし外回りの営業活動でもするべきなのだろうが、ぜんぜんやる気がしない。PCに向かって、当座やるべき事だけでもさっさとかたずけ、来週にでもバンコクへ行こうかと思う。

YMCAの先生たちと昼食をともにすると言っていたお母さんが、正午少し過ぎに戻ってきた。先生との昼食は延期になったそうだ。しかたなく2人でシュッピングセンター内のクーポン食堂で昼食を個取ることにする。お母さんはチキンカツライススープ付きにアイスコーヒーで40バーツ。私はベジタリアンヌードルスープつまり肉なし汁ソバで20バーツであった。やはり小屋がけ食堂と比べるとクーポン食堂は高くつく。

昼食後、同じショッピングセンターに入っているセントラルデパートへ立ち寄り丁度切れてしまっているファックス用紙を探す。しかし、日本ではどこの文具屋でも売っているファックス用紙だが、タイでは事情が異なる。デパートまで来ないとなかなか見つけられない。しかも、このセントラルデパートの文具売り場も電気製品売り場にもB4サイズ受信用のFAX用紙がまるでない。あるのはA4サイズの物ばかりだ。FAXマシンそのものもB4受信ができないようで、用紙の差込口が狭い。B4サイズというのは日本だけなのであろうか、、。仕方なくA4サイズのロールを一つ買って買える。

午後もPCに向かい、幼稚園へ優泰を迎えに行き、宿題をさせた後、5時半に仕事を切り上げて優泰とプールに入り、30分ほど泳ぐ。6月になってプールに入ったのは初めてのような気がする。プールがあってもなかなか泳ぐ機会というのはないものだ。

プールから上がり、小屋がけ食堂へ惣菜を買いに行く、今日はハーブを使った炒め物2品とパッタイというヤキソバを作ってもらう。ご飯は別の店でもち米をふかしたものを500グラムほど7バーツで売ってもらう。500グラムのもち米はかなりのボリュームであったが、香ばしくて美味しいので、3人で残さず食べきってしまった。タイ米は日本米に比べて細長いが、もち米もやはりタイのは丸くなく、日本のウルチ米よりもずっと細長い。そして指先につまむと程よい粘り気と弾力があり、口に含むと米の甘味が口一杯に広がる。ピリリと辛い料理と食べると絶妙なバランスを見せてくれる。

夕食後、路地の小屋がけバーへ行き米焼酎を2杯飲む。セントラルデパートで浄水機を販売している販売員がまた来て、風邪をひいたと言って漢方薬入りの中国酒を飲んでいた。彼は毎日朝10時の開店から夜9時の閉店まで働き、月給は4000バーツだそうだ。日本円にしてたったの1万1千円ほど。独身だからこれから部屋へ戻って洗濯をしなくてはいけないと言っていた。タイの物価が安いなどと言っていたら、やはりそれを聞いたタイの庶民たちは気分が良くないだろう。しかし、お金がなくても、彼らは日々を楽しく過ごすすべを知っているし、ケチではない。一杯10バーツにも満たない酒でも、私が2杯飲んで帰ろうとすれば、おごるからもっと飲んで行けと言ってくれる。豊かさや貧しさはお金の多少で決まるものではないのだろう。金持ちぶる必要もないし、卑屈になる事もない、ただ生きている世界が違っても、こうして天幕のしたで焼酎を酌み交わしていれば、きっと何か通じ合えるものがあるのだろう。

 

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(2015年5月からのブログ)

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