旧チェンマイ通信のページへようこそ。 (2001年から2004年まで、3年半の記録)

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5月28日 火曜日    天気は晴れ 夜一時にわか雨 

 YMCAでの英語中間テストの日である。朝からお母さんと試験勉強をする。
‘Hello, My name is Taro’
‘How do you say that in English’

しかし、YMCAへ行ってみたら、試験は木曜日に延期になっていた。先生が試験問題を用意できていないとの事であった。ちょっと拍子抜け。

 昼ご飯を刑務所近くのバイキング食堂へ食べに行く。久しぶりに来たが、ますます繁盛しているようだ。交通の便が悪いところなので、みんな車やバイクで来ている。今日も29バーツの店に入る。
 この店は、繁盛しているためか、以前よりも店が広くなったようだ。店の人たちの愛想も良い。そして、料理内容が更に充実している。ご飯モノは、白いご飯の他に、チャーハン、カウマンガイ(鶏スープの炊きこみご飯)、カノムチン(タイ式のソーメン)があり、オカズもタイカレー、何種類かの野菜炒めに、豚肉と玉子の煮物、フイドチキン、フランクフルトソーセージ、何種類かの汁物。生野菜サラダにフルーツサラダ、タイ式のゼリー、何種類かのジュースとボトル入りの飲料水、果物もランブータン、レイシ、スイカ、パイナップルなど、、。とにかくどれだけ食べても29バーツである。私は2度もお代わりをして食べられるだけ食べた。デザートやサラダなどもしっかり食べた。

 お母さんが仕立て屋へ4月に発注したスカートやスーツがまだできあがったとの連絡が入っていない。どうなったものかと思い、昼食後に仕立て屋へ立ち寄ってみる。
 スカートは2着発注したものの1つはできあがっていた。もう1着はまだ作業中との事であった。ビロウドのスーツは出来上がってはいたが、何箇所かやり直してもらう個所があり、今回は出来あがっていたスカートだけを受取ってきた。残りはいつ出来るか?と聞いたところ、「いつでも良い、明日にしますか?」なんて言ってくる。やはり、タイの職人さんは、隣でしっかりチェックしていないと、なかなかちゃんとやってくれないようだ。
 私が1年前に買いたいと思っていた売りだし中の中古ランブレッタスクーターの売主だった人の家が、現在建て替え中なのだが、ここの奥さんは毎日炎天下に現場に立ち会って工事の進み具合をチェックしている。やはり、こうでなければ、良いものは出来ないのだろう。

 午後、チャーンプアクのバンコク銀行へプロバイダーの会費を払い込みに行く。タイの銀行は3時半閉店だが、私が銀行に入ったのは3時少し過ぎであった。窓口には長い行列が出来ていた。しかし、開いている窓口はたったの3箇所。列は遅々としてなかなか進まない。3時半にはシャッターが降ろされたが、まだ私の前には12も並んでいる。預金の出し入れと言った人はほとんど無く、小切手の処理や、なにやら面倒な事をしている人が多いようで、ひとりあたりにかかる時間がやたらと長い。私の順番が来たのは4時になってからである。しかし、こんな事でも、家の近くのタイ軍人銀行の方がスマートだと思う。こちらでは窓口に並ばせず、日本のように番号札を取って呼び出されるシステムだ。順番待ちの客は雑誌や新聞などを読みながら椅子に座っていられる。それと、言っちゃ何だが、バンコク銀行の奥には大きな世界地図があり、各国においてある支店の位置を示している。そして、地図の上には各国の時間を示す時計が掲げられているのだが、その時計の針はてんでの時間を示し、止まっているものも半数以上ある。そんなものを掲げるのだったら、両替率や利率などを掲げておくべきだと思うのだが、、。

朝食
ご飯に昨夜の残りの味噌煮こみうどん。優泰たちは目玉焼きを食べる。
昼食
刑務所近くのバイキング食堂で食べる。
夕食
昼に食べ過ぎていてあまり食欲も無いが、レモンツリーで簡単に済ませる。イカなどをカリカリに揚げたものとハーブを混ぜたヤム、玉子サラダ、タイの卵焼きご飯、カニ炒飯など。
 


メオダムきまぐれ日記
(2015年5月からのブログ)

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