旧チェンマイ通信のページへようこそ。 (2001年から2004年まで、3年半の記録)

このページ「チェンマイ通信」はIIJ4Uサービスのホームページ機能が2016年3月31日(木)をもって終了した関係で、chiangmaikk.comのサーバへ引っ越ししてきました。設定不備もあるかと思います。

 

HPご意見メール

4月15日 火曜日    天気は晴れ   

 狂騒のタイ正月ソンクラーン・水掛祭りも最終日を迎えた。それでも、午前中はおとなしいものである。午前中に溜まっていたメールの返信を書く。こちらは正月休のつもりでも、日本は平日なのだから、こちらの正月ボケを通すわけにも行かないだろう。

 優泰は早く水掛に行きたくてウズウズしているようで、落ち着きがない。昼食を食べさせてからアパートの前での水掛合戦に参加させた。アパートの前の道は路地に近いくらいの生活道路なのだが、渋滞する交差点での抜け道にもなっているのでけっこう交通量がある。そうして抜けてきたモーターバイクに軒並み水をかけて喜んでいるのである。このソンクラーン水掛祭りほど大規模な祭りと言うのは、ひょっとすると世界的にも珍しいのではないだろうか、日本の祭りで全国一斉にお祭り色に染まるものはないだろうし、それも特定の会場で行われるのではなく、まさしく全国津々浦々、どこの家の庭先でも水掛け合いをしているのだから、もう完全に国家としての機能は停止してしまっているといっても過言ではないだろう。とにかく何をしていたって水をかけられてしまうのだから、仕事なんかできやしない。

 私とお母さんも祭りの最後の一日を見学をかねて市場へ買い物に行くことにした。せっかくだからと堀沿いの道を行こうと思ったらすごい渋滞である。まるで動かない。窓を開ければ容赦なく水をかけられてしまうので窓も開けられず、エアコンをつけっぱなしにして、バッテリーあがりとオーバーヒートにおびえながら、外界で繰り広げられるランチキ騒ぎを見物する。堀北西端の交差点では信号が機能しておらず、交通整理も出ていないので、身動きもつかない。一時間以上かかっても一キロと進めないのである。そのうち、コンピュータープラザの前でエンジンが止まってしまった。バッテリーも上がりきってしまっているようで、スターターも回らない。困ったものだ、こりゃ押しがけでもしないとダメみたいだが、酷い渋滞で前に進むこともできない。水掛合戦に興じている堀端の若者数人に声をかけて、交通整理をしてもらい、前方を20メートルくらい空けてもらって、ビートルを押してもらう。ビートルが動き出して、クラッチをつなごうとすると前方に水掛で興奮状態の別の若者たちが飛び出してきて、慌ててブレーキを踏まなくてはならない。そんなことを何度か繰り返しているうちに、ようやくエンジンがかかった。タイの若者たちはこうして羽目をはずしたかのようにバカ騒ぎをしているが、実に親切な若者たちであった。エンジンがかかればそれで良し、良かった良かったとまた水を掛け合いながら戻っていった。なお、このトラブルで私は何度か窓を開けたため、窓から水を嫌と言うほど浴びせられ、車内は水浸しとなった。
 2時間近くもかかって行ったタニン市場では半分くらいのテナントが店を閉めていた。鶏肉を買ったのだが、鶏肉屋の女の子の店員から、「ソンクランで遊ばないの?」と聞かれてしまった。「イヤイヤ、もうこんなに濡らしてもらったよ」とビショビショになったシャツを指差した。タイ最大の祭りでもこうして市場で働かなくてはならないのだから、彼女もつまらないのだろう。そのせいか、市場内にはいつもの倍以上の音量でBGMが鳴り響いていた。

 夕食にはレモンツリーで食事をする。私が日本語版のメニューを作成した見返りに、毎回席につくと「シンハビールですね」と言ってウエイター氏が恭しくビールを注いでくれる。メニュー作成の謝礼としてビールを提供してもらう約束になっているからなのだが、悪い気分ではない。2階の表通りが見える席に陣取り、暗くなってもまだ興奮が冷め切らない水掛合戦を見学する。しばらく見ていたら、通りの向かい側の若者たちのグループのテンションが相当高くなってきた。路上駐車の車の上によじ登り、車の屋根の上をお立ち台として女の子たちが踊り始める。走っている車を止めてはボンネットに這い上がって寝そべったりする。それがディスコ音楽に合わせて踊りながらなものだから、まるで映画のシーンでも見ているのではないかと思われるくらいだ。交通の妨害をしても踊り狂っているのが若い女の子たちの集団だから誰も文句を言ってくるものがいない。そのうち女の子の一人が、ジーンズのショットパンツのジッパーを下ろして、真っ赤なパンツを見せながら踊り始めた。もう周辺には見学に集まってくるものがではじめた。私たちも食事を終えたあとも隣の幼稚園の塀に攀じ登って、このショーをたのしまさせてもらった。やがて、ディスコ音楽は止み、女の子たちのグループも解散して、この暑い祭りは終わった。日本なら夏祭りの終わりはなんとなく、夏が終わってしまうような、寂しさがあるのだが、ここでは祭りが終わってもまだまだ暑い季節が続くのである。

朝食
日本そば。
昼食

小屋がけ食堂の五目野菜炒めライス。

夕食

レモンツリーにて空芯菜炒め、豆腐の赤カレー、ヤムウンセン(春雨の和え物)。

前日へ  翌日へ

 

 

 


メオダムきまぐれ日記
(2015年5月からのブログ)

チェンマイ帰り就活日記

求む!ピョン子の情報