旧チェンマイ通信のページへようこそ。 (2001年から2004年まで、3年半の記録)

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HPご意見メール

5月7日 火曜日    天気は晴れ  

 先日チェンマイに来たKから教えてもらった2台のパソコンのネットワーク共有を説明するサイトを見ながら、パソコンのネットワーク共有に取り組む。しかし、このサイト肝心のところが、WINのヘルプに細かく出ているとしてあり、要領を得ない。フリーのソフトもダウンロードしてインストールしてみたが、やはりネットの共有化ができない。それどころか、今までできていたファイルの共有化ができなくなってしまった。トラブルは更に悪化して、メールを送受信しようとすると、接続先がLAN側になってしまう。もちろんネット共有できていないのだから、接続できない。ブラウザーのIE5はちゃんとダイヤアップの側へ回っているし、メーラーの設定もブラウザ共通で設定しているのに、、、。メーラーの再インストールをしても直らない。こうなったらネット共有よりメールの送受信のほうが優先だ。

 今日の夕方、優泰のクラスで北欧出身の子供の誕生日会がある。誕生日のプレゼントを包むための包装紙を買いにセントラルデパートへ行くとお母さんが言うので付き合う。が、やはりデパートは物が高い。包装紙1枚が安いものでも20バーツ。私が以前何度か子供用の包装紙を文具店で買ったときは高くても5バーツだった。お母さんは金額をあまり気にしていないようだが、子供用の包装紙など、プレゼントを渡したらその場で破かれてしまうのが定めなのだから、高級品など買う必要がないと私は考え、「あとで文房具屋へ行って買おう」と言って何も買わずに出ることにした。

 お母さんのお菓子教室と優泰の学校の迎えの帰りに文房具屋に立ち寄ったら、沢山の種類の包装紙があった。優泰が選んだ包装紙は1枚3バーツであった。そうそう、それでいいのだ。優泰はミニカーと落書き帳をプレゼントするそうだ。今後のこともあり、包装紙を予備に2枚追加で買っておいた。

 誕生会はその子の自宅で開かれる。場所はドイサケット方面へ外環道から6キロ行って左に入ると地図にあった。しかし、左に折れるところの看板は実際にはタイ語表記しかなく、まったくわかりにくい場所であった。たぶん大規模宅地造成中に、不動産会社が開発を断念して放ったらかしてしまったような土地で、更地にされたはずの土地は再び原野に戻ろうとしているし、コンクリート舗装の道も驚くべき熱帯植物の生命力で、路面の割れ目からたくましく緑の茎が伸びている。周囲何百メートルにはまるで民家のない、そんな中にたった1軒だけの豪邸が奥にあり、それがその家であった。その家の前には、チェンマイでは珍しいアメリカ製の大型乗用車やRVが並び、それらは如何にもチェンマイインターの保護者の車だと一目でわからせる。

 優泰をその子の家で降ろし、解散までの2時間半を私はこの原野の中で待つことにした。ちょっと体調も思わしくなく、ビートルの中で昼寝でもしようかと思った。ドアと窓を開けて風通しを良くしてリアシートに横になった。まだ西日がきついが、まぁじきに沈むだろう。しかし、快適な昼寝はできなかった。チェンマイの原野は虫たちの楽園でもあった。更地にされたはずの土地には小川が流れ、水溜りもある。そして蚊も沢山いて、久々の人間の生き血を求めて蚊たちが来襲してきた。都合二十箇所くらい刺され、おまけに何故か蜂にまで刺されるという悲運で2時間半を過ごした。日没後は蛍が見られた。7時を過ぎたあたりには、沢山の蛍が飛び交った。チェンマイでもこんなに蛍が見られるとは知らなかった。正直、これほどの蛍が飛ぶのをはじめて見た。パーティーから出てきた優泰にも「これが蛍だ」と教えたが、余り関心がない様で、パーティーでもらった氷をしゃぶるのに夢中になっていた。

朝食

ご飯と炒り玉子、味噌汁。

昼食
ご飯にフリカケ。
夕食

お母さんが作った肉じゃがと大根の味噌汁。

 

 


メオダムきまぐれ日記
(2015年5月からのブログ)

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