旧チェンマイ通信のページへようこそ。 (2001年から2004年まで、3年半の記録)

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1月5日 土曜日    天気は晴れ

ビートルの修理も終わっているはずなので、修理屋へ引取りに行く。性懲りもなくまたテクテクと修理屋まで歩いていく。歩いている途中、エアコン屋のショーウインドウにある室外機を眺めて、吹き出してしまった。タイには日本製品に見せかけたネーミングやブランドが多いが、今日見たものは「佳作」に値するであろう。

三菱マークにそっくりです。ブランド名も良く見ないとMITSUBISHIがMASUSHIになっている事に気づかないでしょう。でも、良く見るとやっぱりマークも変なんですね。

夕方から集まりがあり、またもテクテクとナイトバザールまで歩く。乾季に入りチェンマイの空気も汚れてきているから、路上を長時間歩く事は呼吸器系の障害の原因となりそうだが、でも歩くのは楽しい。あったのは3人ではじめての顔合わせだったが、とても楽しかった。6時からの集まりが、2次会まで行って、お開きになったのは午前様であった。

2次会のステージにはスナリー・ラチャシマと言う有名な歌手も立った。正直なところを言うとバックが生バンドではなかったのと、ちょっとお疲れぎみの用だったのは残念。そして、私はその前座だったのか知らないが、8歳と言う少女歌手に見とれてしまった。歌も踊りも目の流し方も、このステージ専属の歌手たちとは比較にならないくらい上手で、迫力があった。

ステージを眺めながら、思い出した事がある。有名歌手と言えば、学生の頃に台湾の歌手に熱をいれていた事があった。林慧萍という歌手で、1980年代の台湾ではかなり良い線を行っていた流行歌手であった。私は台湾の芸能雑誌社に入り浸ったり、コンサートへ出かけたりしていた。彼女は日本のアイドル歌謡の中国語版から台湾民謡まで歌い、歌は上手であったが、私が会社勤めをするようになり、台湾の情報から遠くなっているうちに、名前をあまり聞かなくなってしまった。何年か前に台湾へ行った時、レコード屋に入ってみたら、所属レコード会社も変わり、アルバムもかなり隅のほうへ押しやられていた。そんなことを思い出した。

 

朝食
昨夜の残り物が沢山あったので、暖めなおして食べる。
昼食
小屋がけ食堂でタイ式ヤキソバのパッタイを作ってもらって食べる。優泰の友達ノートも来ていたのでノートを含めて4人で食べる。
夕食
私は集まりで北タイ料理を食べる。お母さんと優泰はピザを食べに行ったそうだ。

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(2015年5月からのブログ)

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