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9月1日 土曜日

今朝は優泰に起こされ、軽く運動を3人でする。その後、ピーノートのお母さんのやっているクオッティオうどん屋へ朝食を買いに出る。黄色い小麦粉の麺のにも細麺と太麺があった。細麺は普通のバミーナーム(タイ式のラーメン)で良く見かけるものだが、太麺はカオソイ(チェンマイ名物のカレーラーメン)で使っているものらしい。この麺を使ってバミーナームを作ってもらったらうまそうだと考え、太麺と細麺それぞれでバミーナームを、ラーメンよりうどん派のお母さんようにクオッティオの幅広うどんを作ってもらう。味は太麺のバミーナームはとても美味しかった。食感としては日本の「喜多方ラーメン」を彷彿とさせるものがある。スープの味については、ラーメンもうどんもまるで同じであり、それでいてこのようなバラエティが楽しめるところがタイの麺類のオモシロさであろう。

朝食後、今日はイカダ乗りに行こうと話し合ったが、優泰もお母さんも支度に時間がかかり、アパートを出発できたのは10時になっていた。目を覚ましてから3時間半かかった事になる。我が家では午前中に何かをするとか、出かけると言った事は大変な事のようだ。もっとも、午後も優泰がいるので日没前には戻ってこなければならない。

イカダ乗り場はチェンダーオの手前に案内看板が出ていたことを覚えていたので、ファン街道を一路北に走る。1時間ほどでイカダ乗り場に到着。ここは象のショーを見せる施設の一部にもなっているようで、ショーの見学を終えた観光客達が、つり橋を渡って駐車場のほうへ戻ってくるのと出くわした。駐車場の整理員にイカダのことをたずねると、つり橋を渡ってまっすぐ行くようにとのことであった。
木や植物の生い茂る川沿いの土の道を抜けていくと、ショーを終えたところの象たちが沢山たむろしていた。中には観光客を背中に乗せて歩いているものもいる。
イカダは約45分ほどの乗船(?)時間だそうで、随時出発すると言う。料金は私達家族で500バーツと言うから、安い金額ではない。また、イカダで下ったところからここまでの迎えはあるという。まぁ高くてもこれが目的でここまで来たのだから、払うものは払わなくてはならない。汗臭いライフジャケットを着せられ、竹を十何本か束ねたイカダに乗りこむ。イカダの中ほどにはベンチが2組設えてありこれが客席と言う事らしい。また、前後には竿を操る船頭さんが二人乗り組む。

川幅は10メートルから広いところで20メートルほどで、茶色い水は結構な水量と流れがあった。両岸は森の中であり、日差しは暑いが風は心持涼しく感じられる。途中いくつかの瀬のようなところもあったが、水飛沫を浴びたりする事はなかった。この川沿いには同じような趣向の施設が他にもあるようで、川辺には象が象使いと水浴びをしていたり、他のイカダの発着所で白人観光客がイカダに乗り込もうとしていたりしていた。30分も下ったあたりか、川の中幅で小さなトカゲが溺れかかっているのを見つけた船頭さんが、長い竿でイカダへ救い上げてやった。

イカダは少し開けたところにある東屋のところで私達を上陸させた。ここに迎えが来るらしい。東屋には山岳民族の女性達が待ち構えていて刺繍したバックなど手にかざしている。小学生くらいの女の子から赤ん坊を抱えたおばさんまで懸命に売ろうとしている。ここで、彼女らが挙げ得た成果は、優泰がほしいと言って買った手首に巻く刺繍リボンの5バーツだけであった。

迎えの車は大型のクレーン付きトラックであった。多分下ってきたイカダを再び上流に戻すのに使っているのであろう。我々は運転席の隣に載せられて、出発地点まで戻った。
昼食には、イカダ乗り場から程近いお母さんお気に入りの「ホームメード」という名の食堂に入る。ここは以前チェンダーオ洞窟に行く際に立ち寄り、辺鄙な場所にあるとは思えないくらいセンスの良い食堂であった。料理は街の食堂と比べると倍くらい高いが、致し方ないだろう。雰囲気としては静かでこじんまりとしたリゾートホテルのレストランといったところだ。お母さんはちょっと贅沢をすると言って食事のほかに、アイスコーヒーとケーキを注文した。

戻り道は二人とも昼寝の時間となった。優泰がまだ遊びたいからどこか面白いところがあったら立ち寄ってほしいと言っていたので、チェンマイの手前40キロほどのところにあるメーテンの町でファン街道から右折し、パイへ向かう街道に入った。この先には温泉や滝があると地図にあった気がしたからである。
パ゛イ街道はのどかな田舎道であり、行き交う車もぐっと少ない。ときどき山岳民族の人達が乗ったモーターバイクが私達のビートルを追い越していく。15キロほど入ったところで、「滝は左折」と看板を見つける。その頃になってようやくお母さんがお気出す。滝への進入路は一部未舗装のとんでもないデコボコ道で、舗装されたところは信じがたいほどの急坂路であり、ローギアでやっとこさ登れるほどの道であった。そんな道を2キロほど上り下りすると立派な駐車場に出くわした。ここは国立公園に指定されているようで、入り口には料金所もあり、係員に「タイ人か?」と聞かれたので、日本人だが家はチェンマイにあると答えると「大人の入場料は20バーツ、車は30バーツで合計70バーツ」と言われる。

幅5メートルあるかないかの川沿いに滝を目指して歩く。道はハイキングコースのようで、森の茂みの中に続いている。500mほど入ったところで、突然大きな滝が現れた。今までタイで見た中では最も落差のある滝で、見上げた感じでは30メートルはありそうだ。日本でもちょっとした滝の名所になりそうである。優泰を裸ん坊にして川の流れに入ってみる。川はあまり深くはなさそうだ。半ズボンの裾を更にたくし上げてザブザブと滝壷に向かう。優泰怖がって推進20センチ以上には入ろうとしないのでひとりで滝壷へ向かう。さすがに滝壷近くは水深が1メートル近くあったが、なんなく滝の直下まで来る事ができた。凄まじい水飛沫が上がっており、とても目を開けていられない。滝に打たれると、これが水かと思うほど、重い衝撃がある。しかし、危険はなさそうなので、一度岸近くにいる優泰のところへ戻り、優泰をおんぶして再度滝壷に入った。フランス人の団体客もやってきて、滝壷に入って大騒ぎしている。若いカップルなどは滝壷で抱き合ったりなどしている。

しばらく滝壷で水遊びをしたが、さすがに山の水は冷たく、また常時滝からの水飛沫が上がっているので、結構身体が冷える。優泰など少し震えながら水遊びに夢中だ。でも、これ以上ここで遊ばせると風邪を引きかねないので、水から上がらせて、チェンマイへ戻ることにした。駐車場前に英語の掲示板があったので、眺めてみたところ、タイの法律で外国人の入場料は14才以上は200バーツ、3歳以上は100バーツである旨書かれている。一方、タイ人は年齢区分は同じながら、大人20バーツ、子供10バーツとなっている。つまり外国人とタイ人とでは、10倍も差があるわけだ。顧みて私達の場合はどうだったかと言うと、大人はタイ人料金、子供は5歳なのに無料で入れてもらえたわけだ。たぶん入場料を払うときにタイ人かと聞いたのはそのためだったかと合点がいった。

アパートへ戻る途中、ノボテルホテルの隣にあるリンピンショッピングセンターのスーパーに立ち寄る。ここは野菜類はあまり良いものはないが、パンだけはなかなか美味しそうなものがそろっていた。私は15バーツで長さ1メートルほどのフランスパンを買った。日本でも焼きたて出なければお目にかかれないほどのパリパリの皮が実に美味そうだ。

晩ご飯にはハンバーグを作る。私の作るハンバーグは肉よりもパン粉や小麦粉、タマネギが多いので、焼き上がりが白っぽく、ハンペンのようになってしまう。優泰は美味しいと言って食べてくれたが、お母さんには好評ではなかった。

 

 

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(2015年5月からのブログ)

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