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10月から12月まで
前回の日記が10月の初めの部分で、それ以降ずっと更新していなかった。
怠慢もあるけど、日記を書いている余裕もなかった。
仕事も忙しかったし、仕事以外でもバタバタしていた。

前回書いたのが日本への一時帰国のことだったけれど、その後10月末から11月にかけてと、12月にも一時帰国をしており、一時帰国のことを日記に書くとしても、毎回同じようなことを書き連ねるマンネリの反復になるのは火を見るより明らか。

日本へ2往復しただけでなく、タイ国内も飛び回っていた。
広いタイ国内を「飛び回った」と言っても飛行機で移動していたわけではなく、車を運転したり夜行バスに揺られたりの、地上を這いまわっていたわけで、本当に疲れてヘトヘトになるような2か月間を過ごしていた。
そんなヘトヘトの日常の中から、私の衰えた記憶力ではもう思い出せなくなってしまった部分をスマホに残る写真から抜粋してみようと思う。

10月07日
バンコクからピサヌロークへ行く途中、チャイナート県とウタイタニ県に立ち寄る。
立ち寄った目的は、月内に予定しているオンライン・ツアーのリハーサルのため。
コロナ禍で日本からのツアーが止まってしまい、この穴埋めと言うか、旅行の延命みたいな形でオンラインツアーを担当してきたけれど、コロナが終わってもまだオンラインツアーは続いており、私もタイの宣伝みたいな感じで引き受けている。
10月はオンライン番組を2本担当しており、初めての中継場所のため下見を兼ねて訪れたのがチャイナート県のソムオー(ポメロ)農家とウタイタニ県のワットタースン。

ソムオー
[巨大なソムオー]

この巨大な柑橘がソムオーで、最近は日本にも輸出されてポメロと呼ばれているらしい。
ここの農家で栽培されている品種期はカーウテンクワーという種類で、日本語に訳すと"白いキュウリ"。
なんだか変な名前だし、なんでキュウリなのかわからない。
味は酸味がないのだけれど、全体的に味が薄い。
私の好みは酸っぱくても濃い方が好き。

100メートル礼拝堂
[100メートル礼拝堂]

ソムオー農家から続けて訪れたのがウタイタニ―県のワットタースン。
ここは"ガラスのお寺"などとも在タイの日本人に呼ばれているお寺で、礼拝堂内部はガラスと言うより鏡のお部屋。
そしてクリスタルだらけの空間が広がっている。
そんな煌びやかな礼拝堂だけど、巨大で建物の長さは100メートルもあるそうで、タイ語での名前も100メートル礼拝堂を意味する"ウィハーンローイメート"。
バンコクから日帰りのツアーを募集している旅行会社もあるようだ。

ワットタースーン
[黄金仏]

このお寺は先代国王であるラマ9世とも因縁の深い寺院らしく、黄金の仏像の前にはラマ9世が出家して僧籍にあった時の像が置かれている。
こちらもキンキラ金の像になっている。
また、黄金仏の反対側には先代の住職の像があり、さらにそのミイラも安置されている。
タイではミイラを礼拝堂に安置しているところが多いけれど、こんな暑い土地でどのような腐敗対策をしているのだろうか。


10月09日はカオコーへツアーで行っている。

五連仏
[ワットパーソーンゲーオの五連仏]

そろそろ雨期明けも近いけれど、まだ雲も厚い。
この雨雲も、見た感じそんなに悪くない。
でも雨期は雨が降ることが多く、ワットパーソーンゲーオ境内は靴を脱がなくてはならず、うっかり靴下をはいたままで歩くと水溜まりで靴下を濡らしてしまう。
もっとも私の靴は底に穴が空いているので、靴を履いていても靴下は濡れる。

ピノラテ
[ピノラテカフェ]

ワットパーソーンゲーオの次はツアールートお定まりのピノラテカフェ。
ここの食べ物飲物の値段が私の懐感情から見ると破廉恥に高い。
それでもいつも満員の盛況。
何も食べなくても写真だけ撮りにやってくる人たちも少なからずいるようだ。
そんなピノラテには看板ネコがいる。

チャータイ
[チャータイ]

このネコの名前はチャータイ。
Thai Milk Teaの意味で、タイのミルクティーはオレンジ色をしている。
ここはカフェということもあり、カフェのメニューでネコの名前を付けているようだ。
ラテというネコは薄い茶色のネコ。
カメリカーノは黒猫だったけれど、車にはねられ半身不随となり、手厚い介護を受けていたけれど先年死んでしまった。
そして、このチャータイ。
まだ若い雄ネコ。

10月19日にはピサヌロークからチェンマイへ向かう。
途中、11月のツアーで利用する予定の食堂を下見する予定にしていた。

本日休業
[キノコ村の食堂]

しかるに、スタッフがアポイントを取っておいたという食堂へ来たらば門が閉まっており、「本日休業」の札が出ている。
食堂のオーナーへ電話を入れてみたが、「アポイントなんて知らない」という。
本当にスタッフがアポをとっていたかどうかも怪しいので、スタッフへ「どうなっているのか」と確認させた。
その答えが、「今日は病院へ行くから店を閉めた、それにもともと小さな店で団体客はお断り」と言われたという。
まったくもって、どうなっているんだか。
それでもツアーでの昼食場所を探さなくてはならないので、あれこれ調べて10キロほど先に適当な店を見つけて、そのままそこを予約してしまう。

10月20日、チェンマイへは1泊して翌日にはランパーン経由でチェンラーイへ向かう。
バスの便でもランパーン経由でチェンマイとチェンラーイを結ぶ路線があるが(今はないかもしれないが、かつてはあった)、これが物凄い遠回り。
倍以上の距離となってしまう。
しかし、ランパーンで下見をしておかなくてはならない場所がいくつかあった。
その中のひとつがランパーン・タイ象保護センター

外国人料金
[ゾウ乗り料金表]

ここはタイの国が運営している施設で、ゾウのショーやゾウ乗りなど観光客目当てのアトラクションがある。
しかし、入場料もそうだけど、ゾウ乗りでも外国人料金が設定されている。
タイ人ならゾウ乗り200バーツなのに、外国人は400バーツと倍額。
タイではよくあることで、タイ人料金は外国人にはわからないようにタイ語で、ご丁寧に数字までタイ数字で掲載している。
タイの外国人料金、国立公園とか歴史公園とかは数倍の差が設定されているから、倍額なんて可愛いものかもしれないが、この手の外国人料金と言うのはタイ政府が率先して導入しているようだ。

ゾウ保護センター
[ゾウのショー]

かつてはここでの象のショーは毎日3回くらい上演されていたけれど、現在はお客が少なくなって1日1回だけ。
この日の上演では外国人の姿は皆無だった。
ショーの内容も数百バーツ払って見るほどの内容ではなく、とても間延びした30分だった。
最近は動物保護団体からの圧力もあり、ショーの演目も限られているからなんだろうけど、演目が減っても値下げはしないようだ。


カオソーイ
[ランパーンでカオソーイ]

クンターン峠を越えたところにカラという名前の洒落たカオソーイ屋がある。
ここもツアーで使おうとアポを入れてあった。
こちらはアポはちゃんと伝わっていたが、店が人手不足のためか急がし過ぎて、アポイントは入っていても対応できないから勝手に見てくれよってことになった。
そして、しっかり試食もしてみた。
盛り付けや味の方は問題なし。
ただし、人手不足で注文から配膳までに時間がかかりすぎる。
とくに店でお勧めとなっているカフェ系のドリンクは一杯一杯にすごく時間がかかっている。
改善の余地たくさんだけど、ツアーでは事前にオーターして準備してもらっておくより仕方ない。
麺類だから、あんまり早く用意されて麺が伸びきったり、スープが覚めてしまう心配もある。

この食堂、勝手に見て回ったら、ここでも二重価格を発見。
メニューが2種類あり、観光客向けの写真入りメニューは、地元の人向けのメニュー価格より5割くらい高い設定になっている。
これは別に外国人料金と言うわけではなく、いかにもチェンマイからの帰り道に立ち寄った感じのタイ人観光客にも観光客用メニューが配られていた。
私が試食したカオソーイも119バーツの請求だった。
ちなみに地元の人向け価格は79バーツ。

10月21日はゴールデントライアングルでコムローイのイベント。
会社で毎年実施してきているイベントだけど、まずまず好評で、今年は3月に続いての2回目の催行。
毎度だいたいおんなじ手順なので慣れたものです。

コムローイ
[ゴールデントライアングルの夜空へ飛んでいくコムローイ]

10月29日、オンラインツアーの本番。
しかも、ダブルヘッダーまで組まれている。

最初はガラス寺の異名を持つワットタースン。
寺院の礼拝堂内からの中継で、「神聖な場所だから静粛に」とつまみ出されるのではないかと心配もしたけれど、私以外のタイ人たちもみんなキャーキャー言いながら礼拝堂内で写真を撮り合っており、私の中継など問題にもされなかったようだ。
そしてそのまま同じくワットタースンにあるゴールデンキャッスルと呼ばれる建物へ向かった。

ゴールデンキャッスル外観
[ゴールデンキャッスル]

このゴールデンキャッスル、バンコクのロハプラサートによく似ている。
とくに以前のロハプラサートは真っ黒で、アイアン・キャッスルなどと呼ばれていたけれど、何年か前に金色に塗り替えられたので、ますますよく似ている。
このゴールデンキャッスルの2階へ登れるようになっているのだけれど、今回初めて足を踏み入れてみた。
内部はとても豪華な展示ホールだったけれど、その裏側がまた鏡の部屋になっており、そこへ黄金の仏像が並んでいるものだから、向かい合った鏡に映った黄金仏が、何重にも重なりとても神秘的な景観になっていた。

ゴールデンキャッスル
[タイ人と言うのは、こんなことをよくも考え付くものだ]

10月31日
忙しい合間に5日ほど休みをとって日本へ一時帰国。
飛行機の乗り継ぎの関係で、台北にストップオーバー。
時間があったのでバスに乗って桃園の駅前まで行ってみる。

桃園市街
[オレンジ色の自転車はレンタサイクル]

桃園の街まで行ったものの、何も食べず、ただ街の雑踏を少し歩いただけ。
台湾の田舎町もどんどんと変わっている。

ラウンジの朝食
[ラウンジでいただく朝食]

台北で乗り継ぐ便は翌朝なので、空港内で夜明かしし、朝になってラウンジで朝食をいただく。
エメラルドメンバーになってからラウンジでの対応も変わって、いままでの朝食が芋粥だったのに対して、ここでは海鮮粥にアップグレードされている。
しかもバイキングのセルフサービスではなく、テーブルまでお膳で運んできてくれる。

11月04日
日本での滞在は実質中2日間だけだったけれど、ラビットスクーターの調子も良く、天気にもまずまず恵まれていた。
そして、帰りの飛行機の窓からは富士山も眺めることができた。

富士山
[頂上付近に少し雪をかぶっているのが見える]

11月11日にもカオコーへ行く。
これは仕事ではなく、コロナ中に退職して日本へ帰ってしまった同僚が、タイへ遊びに来てワットパーソーンゲーオへ行ってみたいとのことだったので、同行する。
その元同僚から、タイでも15年働いていたら年金もらえるよとの情報をもらう。
いまの職場での勤務は12年だけど、前の職場で3年は働いたので、合計すれば15年になりそう。
月々の年金額は微々たるものだけれど、1年分まとまれば日本からタイまでの航空券代くらいにはなりそう。
さっそく私が何年間年金をかけてきたのか調べてみることにする。

チャータイ
[ピノラテカフェではまたチャータイに出会う]


11月16日
またまたバンコクから車を運転してピサヌロークへやってきた。
そのピサヌロークで京都市カフェなるものを発見。
日本の街角をイメージした小さなテーマパーク風のカフェで、一昨年くらいにチェンライにオープンして盛況だという話は聞いていた。
それが繁盛して、現在ではタイ全土で10店舗くらい展開するほどになっているそうだ。
もっとも、バンコクにはまだ店がなく、地方都市ばかり。

京都市カフェ・ラーメン屋
[京都市カフェのラーメン屋]

このピサヌロークの京都市カフェ、ラーメン店もやっている。
この建物がラーメン店なのだけれど、ラーメンはこの建物ではなく、カフェの方で食べてもらう仕組みらしく、ここでは調理だけが行われていた。
ただ、その調理の段取りが悪くて、茹であがった麺をドンブリに入れてから、トッピングまで終わらせて配膳係に送るまで5分近くかかっている。
麺も伸びきって、スープも冷めてしまいそうだけれど、タイのラーメンしか知らない田舎の人には、伸びたラーメンやぬるいスープはクレームの対象にならないのだろう。

京都市カフェ
[クリスマスと雪も演出]

11月18日、スコータイのロイクラトンフェスティバルの初日。
ツアーの方も大入り満員。
しかし、イベントのスタッフもウチのスタッフの動きが悪くて、イライラすることが多くて、精神的にきつかった。
フェスティバルで上演されたショーは久々の有料でのショーとなった。
コロナ中は自粛されたり、急遽開催が決まって無料ショーにしたりといろいろあったけれど、これでまた今まで通りの運営になるかと期待した。
そのショーだけれど、大筋では以前とおんなじ展開なんだけれど、なんか見ていて間延びしている感じがする。
私が何度も見てきているから、ちょっと飽きていることもあるのだろうけど、以前のショーのシーンを思い返してみると、3割近くシーンが削られているように思える。

スコータイ・ロイクラトン
[ゾウの戦闘シーンももっと派手にアクションが続いたはずなんだけど]

ライトアンドサウンド
[クライマックスとも言える場面でも、花火が小さく数も少なく感じた]

シーンを削ったからか、場面展開が遅いので、それだけ間延びした感じを受けたんだと思う。
ショーのチケット代は以前とおんなじ1,200バーツ。
この数年間の物価上昇でも値上げしなかったから、コンテンツを減量したのかもしれない。

コムローイ
[ショーの終わりにはコムローイ体験も]

ショーのあとにはコムローイをあげられることができる日もあった。
今回は11月18日から26日までの間に4回もショーを見る機会があったけれど、コムローイを上げることができてたのはそのうちの2回だけだった。
どういう基準で上げさせたることを決めていたのだろう。
それと、コムローイは1つ200バーツ徴収していた。
以前は無料だったように記憶している。

コムローイ@スコータイ
[ショーのなかでは毎回夜空にコムローイが放たれていた]

11月27日、この日はチェンマイのイーペン祭でコムローイ。

コムローイ@チェンマイ
[イーペンのコムローイ]

チェンマイでは数千人が集まってコムローイをあげるから迫力がある。
でもこのイベントの参加料金はとても高いので、外国人しかいない。
私がツアーで行った会場はイベント参加者の大半が日本人だった。
コムローイは良かったけれど、イベントの運営はイマイチだったようで、事前に懸念して主催者に伝えておいたことが、一つも反映されていなかった。

11月28日チェンマイからの帰り道、ランパーンの陶器博物館へ立ち寄る。
外国人は100バーツの入場料がかかるけれど、それなりに面白い博物館で、タイ語ながら案内も付く。
ランパーンはニワトリが描かれた陶器で有名だけれど、このニワトリの絵柄、ランパーンがオリジナルではなく、もともとは100年ほど前に中国から移民してきた華僑が持ち込んだものであることを学んだ。

ランパーン陶器博物館
[巨大なドンブリを前にアホなポーズ]

11月30日、ピサヌロークのラチャパット大学で講義を依頼されており、大学へ向かう途中、お堀沿いを走っていたらピンク色の睡蓮がとても綺麗に咲いていた。
これだけ綺麗なら観光名所になっても良さそうな気がする。

ピサヌローク睡蓮

12月03日、やっとバンコクのアパートへ戻る。
この1か月近く、ほとんど夜もろくろく横になって寝ることもできないような毎日で、体力を使い果たしてしまっていた。
でも、もうこれでほとんどお終い。
部屋の中にクリスマスツリーを今年も飾る。

クリスマスツリー
[ツリーの電飾、半分は点灯せず、残り半分は点滅せず]

12月06日からまた日本へ一時帰国。
今回は日本からタイへ戻る途中で台湾に1週間ほど旅行した。
そのことはまた別に書くとして、
バンコクから台北への飛行機の時刻が大幅に変わって、朝8時過ぎの便が、午前3時過ぎになってしまった。
そのぶん早く成田に着くのは良いけど、時間がけたたましい。
前夜最終のエアポートリンクで空港へ向かおうとアパートからラムカムヘーン駅まで30分かけて歩いていったものの、駅では終電を待たずにエレベーターが止まっており、重たい荷物を担いで登ろうかと迷っているうちに終電に乗り遅れてしまった。
せっかく歩いてきたのに、タクシーで空港へ行かなくてはならなくなった。

富士山
[夕焼け空と一緒に富士山が機装から見えた]

5時間も早くバンコクを出発したけれど、成田に到着したのは日没後になっていた。
そして、東京での数日は晩秋を感じさせる天気が続いていた。

イチョウ
[小平霊園脇のイチョウはたくさんの黄色い葉を散らしていた]

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| 日常 | 05:04 PM | comments (1) | trackback (0) |
一時帰国
9月29日から10月3日まで、東京の家へ帰っていた。
今回の一時帰国の目的は、税金関係の手続きと墓参り。
墓参りは毎度一時帰国をしていれば朝に夕にと一日に2回も墓参りをしてきているけれど、墓参りをする小平霊園では毎年10月1日に慰霊の合同献花式と言うのをやってくれている。
以前にも一度参加したことがある。
13回忌さえ何もしてこなかったので、せめてこういう式典に便乗させていただこうと考えたわけ。

今回も台北経由の中華航空だけれど、いつもと比べて台北での乗り継ぎが良くなって、当日中に成田行きに乗り継げて、朝出れば夜には到着できるようになっている。
その代わりバンコクの出発は朝早く、6時前のエアポートリンクに乗らなくてはならない。
そのエアポートリンクの駅まで、歩けば30分ほどなのだけれど、今回はスーツケースに本をたくさん詰め込んで、重さが30kgを越えている。
重たいスーツケースを引っ張っていくのはことなのでタクシーを利用したが、朝の早い時間はタクシードライバーの交代時間なのかやたらと乗車拒否に遭って、なかなか乗れなかった。
バンコクのタクシーは値段が安いけれど、乗車拒否は改善してほしい。

バンコクの空港でさっさとチェックインを済ませて、中華航空のラウンジへ一目散。
サラダを丼いっぱいいただき、飲茶やスープもいただく。
ここのスタッフたちとももう顔なじみ。
パートンコーを食べながら、「あったかい豆乳があるといいよね」と言ったら、冷蔵庫に入っているパックの豆乳を温めてこようかと言ってくれる。
こういうのが嬉しい。

サラダ
[サラダは常にきちんと盛り付けられていて、新鮮な感じが嬉しい]

ラウンジしっかり食べたけれど、機内食もしっかりいただく。
本日のメニューは白身魚の餡かけとチャーハン、温野菜がメインで、前菜はポテトサラダ、デザートはフルーツとココナッツゼリー。
白身魚の餡かけにはガーリックフライがこれでもかってほど入っている。
これを食べた機内の人が吐く息で、機内は相当ニンニク臭くなっているはず。
でも、自分も食べているので、どのくらい臭いかよく解らない。

機内食はチャーハン
[ニンニクは嫌いな人もいるので控えめにしてほしい]

機内ではテキストだけだけれどWiFiが使える機材だった。
ネットサーフィンとかは有料でアクセス権を買えば使えるようだけれど、仕事のメッセージをやり取りするには無料のテキストだけで十分。
しかし、これも善し悪しで、飛行機の中でも仕事のメッセージに追われることになった。

飛行機に乗る前も乗ってからもずいぶんと食べているけど、ちょっと口さびしくなったのでスナックが欲しいと言ったらば、ミックススナックの小袋を3つもくれた。
パッケージの色はピンク色。
いつもは青い色をもらっていたが、中身はおんなじでエンドウ豆ばっかり。
しかし、私は黒いパッケージはビジネスクラス用でアーモンドとかが入っていることをしている。
こんな小さなことでもエコノミーとビジネスでは待遇が違うようだ。
それから、スナックの小袋だけでなく、頼みもしないのにトランプを二箱ももらってしまった。
一人暮らしで、トランプで遊んでくれる友人もいない身でトランプをもらっても仕方ないけど、有難く頂戴しておく。

スナックとトランプ
[トランプなんてもう何年も遊んでいない]

台北の乗り継ぎでは、第二ターミナルのラウンジに入ってみる。
第一の方がゴージャスな雰囲気があるけど、第二は明るく、そして食べ物がおいしい気がする。
特に翡翠餃子が美味しい。
お酒の充実度はおんなじ。
お酒では梅酒がある。
台湾の人は梅酒好きが多いのだろうか。
また、今日は中秋節なので月餅もお月見団子のように皿に盛られている。

ラウンジのバー
[飾り気はないけど、飲み物は充実している]

乗り継ぎ時間は3時間。
その間もメールやらの仕事をこなす。
しかし、片手には高級なお酒の入ったグラスを持ちながらだから、まじめに仕事しているとは言えない。
きっと誤字脱字ばかりで、意味不明なメールになっていることだろう。

台北からの飛行機の中でも月餅をもらった。
一口サイズの小さな月餅。
実は明後日、10月1日に息子と新宿で会う約束をしている。
息子は彼女もつれてくるという。
以前ネコの本をプレゼントされており、お返しもできていなかったことを思い出して、今朝は4時前に起きだして、24時間スーパーへ土産になりそうなものを買いに行った。
しかし、タイからの土産になりそうなものが見つからない。
折から中秋の名月でもあり、タイでもドリアン入りの月餅とかが進物用にたくさん売られていることを思い出して、夜明け前のスーパーの陳列棚を見回したけれど、月餅はなかった。
月餅は中華レストランやS&Pというチェーンレストランで売られているのはよく見たけれど、終夜営業のスーパーでは日常的に入用なものばかりしか売っていない。
こんな中で、月餅ではないけれど、似たような中国菓子があった。
直径が20センチくらい、重さも500グラムくらいありそうな菓子で、月餅のような洗練された高級感はなく、とてもローカルな菓子で、私もバスターミナルなどでいつ作ったかわからないような、そしてずっと小ぶりの中国菓子を買って食べたことが何度かある。
味はまずくないけど、たぶんラードでも使っているのかちょっと脂っこくて、腹にたまる菓子。
タイでは中国系の人たちが祭壇などへ置いて先祖への供養に使っているのを見たことがある。
つまり、土産としてふさわしいかどうかは怪しいけれど、それしかないのでその巨大な中国菓子を買い求めた。

月餅
[機内でもらった小さな月餅]

成田に到着したのは夜8時過ぎ。
早く荷物を回収して、家に向かわないといけないのだけれど、荷物受け取りのターンテーブルから本が詰まって重たいスーツケースがなかなか出てこない。
バンコクで預けるときに"First Priority"という赤い最優先タッグを付けてもらっているのに、いつまで待っても出てこない。
うーむ、またロストバゲージだろうか?
6月のパリ、8月のロンドンと続けてロストバゲージに見舞われている。
まぁ、ロストバゲージでも、すぐに必要なものはないので、明日でも東京の自宅へ持ってきてくれれば、こっちも重い思いをしなくて好都合だとも思った。
係員に荷物が出てこないことを伝えたが、あんまり親身になって対応してくれない。
「私たちも探しますからもう少し待ってみましょう」という。
こっちは遅くなると東京郊外の自宅へ帰れなくと困るし、さっさとロストバゲージの処理をしてもらいたいのだけれど、ただ待つように指示される。
が、カバンは最後の最後になって、出てきてしまった。
待つこと30分。
もうほかに出てくるカバンもなくなって、まわりに飛行機から降りた乗客もいなくなったところで出てきてしまった。
カバンに回したベルトは留め具が壊れて、ベルトがだらりと取っ手に絡んでいた。
「おカバンの損傷は補償の対象ですが、ベルトの損傷は補償の対象外となります」と地上業務を請け負っている日本航空の係員は説明した。

結局、帰宅したのは深夜12時前。
曇り空だけど、雲の切れ目から満月が見えた。

中秋の満月
[スマホのカメラだと夜空も明るく写ってしまうみたいだ]

9月30日 (土)
朝少し寝坊をする。
身体がだるい。
眠り足りないような気もする。
昨日の飛行機での暴飲暴食が祟ったのかもしれない。
それでも、不在中に届いていた郵便物を確認し始める。
郵便受けにあふれるほど貯まった郵便物などの半分以上は広告のチラシ類。
他は公共料金の請求書など。
そんな中に固定資産税の督促状があった。
それも普通の督促状だけではなく、最後通牒(最終催告書)まであった。
10月3日までに払わなければ差し押さえるという。
いやはやギリギリじゃないか。
急いでネットバンキングで1年分まとめて払い込みを行う。
他にも郵便物の不在通知なんかも来ているが、すでに保管期限が切れているものもある。
息子には1か月に一度くらいは、家に来て部屋に風を通すくらいのことをしてほしいと思っているが、もう何か月も放置されていたことがはっきりした。

最後通牒
[危うく差し押さえになるところだった]

2020年の2月に、ピサヌロークで息を引き取った私のネコの骨を埋めたベランダの下へ手を合わせに降りてみた。
ちょうど季節なのか赤い彼岸花が綺麗な花を咲かせていた。

彼岸花
[彼岸花の朱色は物悲しくて心に染みる]

あれからもう3年半。
ネコのことは忘れたことがない。
埋めたと思われる場所を見たら、アブラゼミだろうかセミの抜け殻がひとつ転がっていた。
もう9月も終わり、アブラゼミの季節ではないはずだけれど、
私のネコがセミに生まれ変わって、3年半幼虫として土の中で過ごし、そして空へと飛んで行ったのだろうかと勝手な空想をしたら、涙が出てきてしまった。
セミに姿を変えたとしても会いたかった。

セミの抜け殻
[ネコがセミになってしまうなんて]

昼前に自転車に乗って小平霊園へ墓参りに行く。
小平霊園でもあちこちで彼岸花が咲いていた。
共同墓地前では明日合同慰霊祭の準備でテントを張ったりしていた。
その後、郵便局へ回って帰宅。

小平霊園の彼岸花
[小平霊園でも彼岸花が咲いていた]

帰宅後はラビットスクーターの整備。
前回帰国時にエンジントラブルを起こして動かなくなったままにしていた。
まずはキャブレターを分解して石油で細かな部品や細い穴の一つ一つまでよく洗浄する。
だいたいこんなモノかなと思われる程度までで組み上げてエンジンをかけてみようとしたが全然ダメ。
ガソリンが流れてきていない。
燃料タンクの中が空っぽになっている。
燃料コック周辺から燃料漏れを起こしていたようだ。
燃料コックも分解して石油でよく洗浄。
それからトボトボと重たいラビットスクーターを押してガソリンスタンドへ。
試しに300円だけガソリンを入れてみる。
スタンド内でエンジンがかからずバタバタしているのを見られるのは恥ずかしいので、そのままラビットスクーターを手押ししながらガソリンスタンドの外へ出る。

ラビットスクーター
[数か月ぶりにカバーを外す]

歩道の上で、エンジンをキックしてみる。
バゥ、バゥ、バゥとエンジンがかかった。
白い煙もモクモクと吐く。
エンジンの回転数も安定している。
これは嬉しい。
天国のネコが見守っていてくれたからだろうか。
そうなると、さっそく乗り回したくなる。
ラビットスクーターは古いこともあるし、整備もしっかりできていないので故障も多い。
だけど、乗っててこれほど楽しい乗り物はないと思う。
そのまままた小平霊園へ行く。
夕方の墓参りのついでに事務所へ行って、明日の献花式の段取りについて教えてもらった。
以前は慰霊祭のスピーチとかの儀式に続いて、参列した遺族により献花となっていたけれど、現在は代表献花だけになつたとのこと。
代表は霊園の管理代表者で、その人が代表で献花をし、遺族は式典後に各自献花ができるという。
なので、以前のように遺族が集まるようなことはしないそうだ。
これも感染症予防対策なのだとか。
代表献花の様子はYouTubeにアップするのでそれを見てほしいという。

10月1日 (日)
小平霊園の代表献花が始まる前に一足先に朝の墓参りを済ませておく。
まだ朝早いので、誰も来ていない。
実のところ、代表献花にしてもらって良かったと思っている。
こんなことを言ったら霊園で眠りについている母親に怒られるかもしれないけれど、花を供えたくないなと思っていた。
日本は花が高いので、ケチな自分としては花を買うのがもったいないと感じているのも事実だけど、ほかにも切り花が好きではないということもある。
せっかく咲いている花を観賞用に切ってしまうというのは、お花がとてもかわいそうに感じる。
そのままにしておいてあげれば、花はやがて実を結んで、次の世代へはつながって行けたかもしれないのに、ほんの一時の観賞用に切ってしまいたくない。

そんなことを考えながら帰宅して、ベランダ下へ回ってみたら、昨日までとてもきれいに咲いていた彼岸花が、茎のところからバッサリ切られてしまっていた。
誰かが、家の仏壇にでも備えようとして持って行ってしまったのだろうか?
やっぱり、きれいな花でも摘み取ってしまったらかわいそうだ。
また来年もここに咲いてくれるだろうか?

慰霊献花式
[慰霊献花式の立て看板]

昼からまた小平霊園へ行く。
こんどは人がいっぱい来ている。
みんな豪華な切り花を抱え、線香に火をつけ、そして手を合わせている。
私も便乗して、手ぶらだけど手を合わせる。
そして、霊園からメッセージカードを1枚いただく。
別に人を感動させるようなことはなにも書かれていない。
丁寧な文章だけど、ただそれだけ。
持ち帰ったら仏壇に上げておくことにする。

小平霊園から水道道路を自転車で走り、小金井公園へ行く。
今日は都民の日で、小金井公園内にある江戸東京建物博物館が無料開放されている。
実はこの中に入るのははじめて。
子供のころは今と違って武蔵野郷土館だった。
そのころは入ったことがあるが、現在とはまるで違ったもので、地味な郷土資料館だった。

無料開放だからなのか、博物館は人がいっぱい。
外国人の姿も見られる。
江戸時代に建てられた豪農の屋敷がある。
ここへ移築する近年まで人が住んでいた建物だから、すべてが江戸時代のままという訳ではないけど、畳敷きの部屋は時代劇に出てきそうな雰囲気。
そんな部屋の中も開放されていて、見学者が歩き回っている。
こんなところで貸衣装でも着せて写真でも撮らせたら、タイ人とか喜びそうだ。
どこかの貸衣装屋と組んで、オプショナルツアーでも作ったら人気が出そうな気がする。

お月見の飾り
[古民家の縁側にはお月見の飾りつけ]

明治時代に建てられた財界人の邸宅やハイカラな店もあり、カフェになっていたりする。
どこも靴を脱いで内部まで見学できるようになってといるけど、私は靴を脱がず、内部の部屋へは上がりこまなかった。
私は身長が高く、そして昔の人たちの生活は畳に座ってと言うものだったろうから、ほとんどのものが低い位置にある。
そんなところ下の方をキョロキョロしながら歩いていたら、鴨居に頭をぶつけてしまうのが目に見える。

そんな建物が並んでいる中にボンネット型バスがあった。
行先方向幕は「上野広小路」となっている。
塗装も昔の都バスに似せている。
建物のように詳しい説明が付いていない。
ただ昔のバスはこんな形だったとあるだけ。
しかし、なんか違う。

ボンネットバス
[昔の都バスに見えるけど、違和感を感じる]

私はバスについては、ちょっと詳しいつもりでいる。
高校大学とバス会社でバイトをしてきている。
まず、いすゞのボンネット型バスと言うのには異論はない。
しかし、都バスなどとして市街地を走り回るバスとしては、腰が高すぎる。
このタイプのバスは、中学3年の時に岩手県八幡平で見たことがある。
岩手県北バスだったと思う。
もう40年以上前だけど、そのころでももうボンネット型バスはとても珍しいものになっていた。
そして、最近その当時見かけたバスが今も現役であることをネットで知った。
冬季の八幡平で運用されているという。
そのバスはただのボンネット型バスではなく、日本で唯一の全輪駆動バスであるらしい。
もともとは全輪駆動のトラックのシャーシーにバスのボディーを乗せたものだとも書かれていた。
つまり、トラックだったので乗客の乗り降りなど想定してなくて腰が高いスタイルになっている。
この江戸東京建物博物館に置かれたバスの床下を覗き込んでみたら、やっぱりそうであった。

前輪にもデフ
[特注の全輪駆動車であった]

野外展示場の反対側は大正時代から昭和初期の建物が中心で、昔よく見かけたような懐かしい建物が多くあった。
看板づくりと言う商店の形態や古い旅籠宿、花屋や乾物屋。
このあたりは見ていて面白い。
酒や醤油などは量り売りだったと説明に書かれているし、古いポスターが貼られている。
銭湯もあって内部見学ができる。
男湯と女湯があっても、見学者は男も女も関係なく入って行く。
古い建物が並んでいて、映画のセットのようだけれどセットのようなハリボテではなく、実際の建物と言うのがまた面白い。

まるで映画のセット
[このあたりが一番人気らしく見学者も多い]

都電も展示されている。
これは7500型で本物の都電。
こっちは車内に乗ることもできるようになっている。
その都電の横でラムネや駄菓子なんかを売っている。
たぶん今でも縁日なんかでラムネが売られていると思うけど、あれは容量が少なく、それでいて安くないのでコスパは悪いけど、あのビー玉で栓をしているのを開けるのが面白いということなんだろう。
その点では同様にコスパの悪いシャンパンに似ている気がする。

都電
[都電は本物の都電]

江戸東京建物博物館を出たところで雨が降ってきた。
急いで自転車をこいで駅へ向かう。
夕方には息子と新宿で会うことになっている。

最初、息子は精進料理の店を指定してきた。
しかし、調べてみると値段も高く、肩が凝りそうな店であることが判明。
それに肉好きの息子が精進料理なんか喜んで食べるとは思えない。
そこでこちらから別の店を指定した。
新宿御苑近くにある「随園別館」。
きれいな店ではない。
街中華みたいな店構えで、30年以上前にここで羊肉のしゃぶしゃぶを食べたことがある。
満員の盛況で、旨かったことを思い出したからだ。
料理は華北料理。
飾りっ気の全くない店だけれど、年配のボーイたちはワイシャツに黒服を来て、蝶ネクタイ。
雰囲気としては昭和初期の中華レストラン。
店お勧めの水餃子、皮が肉厚だけど、それがまた良い。
オム野菜炒め。
オムライスのように玉子に包まれているが、中はケチャップライスではなく野菜炒め。
これを北京ダックの餅皮で包んで食べる。
まだ季節ではないからないかと思っていたけど、羊のしゃぶしゃぶもあった。
私としては、羊が食べたいという訳ではないけど、薄い黄土色をしたタレがやたらと旨い。
食べるだけではなく、飲む方も飲んだ。
ビールから紹興酒、そして羊しゃぶしゃぶが出てくるころから二鍋頭という北京の地酒。
これは白酒(パイチュー)で、度数も50度を超えている。
これを口に含ませ、歯茎がジリジリしてくるのを待ってグイっと飲み込む。
喉から胃へ流れていくのがわかる。
食事をしながら息子がまだ小学五年生のとき、二人でタイからラオス、そして中国の雲南省へ入って上海へと旅した時の思い出話をしたり、むかしの北京の話をしたりした。
二鍋頭という酒を知ったのも昔の北京でだった。
あの頃の北京は夜がとても暗くて、店の前に張り出した円卓で一皿2元程度の菜を摘まみながら二鍋頭の小瓶を次々に開けた。
そんなどうでも良い話をしても、息子の彼女はちゃんと話を聞いていてくれて、それが嬉しくて次々と二鍋頭の盃を空にしてしまう。
そんなわけで、店を出たときにはいい加減に酔っぱらっていた。
新宿三丁目の駅で息子たちと別れて、フラフラと西武新宿まで歩き電車に乗る。
始発駅なので座ることができたが、そのまま眠り込んでしまい、気が付いたら降りるべき駅を通り過ぎていた。

10月2日 (月)
二日酔い。
午前中は墓参りに行くことくらいしかできなかった。
午後になってようやく本調子となりラビットスクーターに乗って近所を走り回る。
市役所に行って、妻の健康保険や介護保険の手続きをする。
お金の出ていくことばかり。
東村山高校の脇を走っていたら、後ろから来た新聞配達のバイクに声をかけられた。
「いいの乗ってんねぇ、ラビットだろ」
私よりも一回りくらい年配の男性であった。
ラビットスクーターに乗っていると時々こうして声をかけられるのも楽しい。
でも、ラビットスクーターも製造中止から55年。
声をかけてくる人、つまりラビットスクーターを知っている人はもう70歳以上ということになるのだろう。
もう10年もしたら、誰も声などかけてこなくなるかもしれない。
そうそう、むかし東村山市役所の人でラビットスクーター好きの方がいらして、公民館の地下でラビットのレストアをされていた。
あの方はどうしているだろう。
もう40年も前のことだ。

10月3日 (火)
タイへ戻る日。
いつもならタイへ持ち帰る食料品などの仕入れをするのだけれど、もうタイでの暮らしも残り4カ月ほどとなり、在庫の食料品ですら食べきれない可能性があるので、今回持ち帰る食品は納豆のパックが一つだけとなってしまった。
荷物は軽くなり楽だけど、毎度持ち帰る食料品をスーパーで物色して、1円でも安いところを探して回るのは嫌いではなかった。
納豆は、いままで業務スーパーで緑色のパッケージのものが格安だったので、それを求めていたけれど、先月の札幌と同様に緑色の納豆パックは入荷されていなかった。
あまりの低価格商品で採算が合わなくなってしまったのだろうか。
帰りの飛行機は成田発午後2時半頃。
9時ころには家を出て空港へ向かった。
朝のラッシュ時間も過ぎており大きなスーツケースを持って電車に乗ってもそれほど不便を感じない。
ただ、日暮里からの京成電車は空港への快速電車の時間が合わず、途中で2度ほど乗り換えをすることになった。

成田空港でチェックインを済ませて、荷物検査場に入ろうとしたら「ここは日本航空利用者専用の検査場だから、向こうへ回るように」と係員に制止された。
日本航空専用の手荷物検査場なんてものがあったなんて知らなかった。
もっとも一般用の検査場も空いていて並ぶ必要はなかった。

さっさとラウンジへ入る。
エメラルドとパラゴンメンバー専用室へ通してもらたけれど、特別に豪華にしつらえられているとか、特別メニューが用意されていると感じではなかった。
ただ、専任のスタッフがいて、ブッフェのラインへ皿持って取りに行かなくてもテーブルに運んでもらえるというだけで、私は自分で好きなものをラインから持って来る方が好きなので、面倒だけど専用室を出て、一般のブッフェラインが欲しいものをもらってきた。
欲しいものの筆頭は稲荷寿司。
今回は太巻きも加わっていて、助六が復活していた。
助六になったのは嬉しいのだけれど、太巻きにはワサビが欲しいところだったけれど、ワサビは用意されていなかった。

稲荷寿司
[稲荷寿司&海苔巻きで助六寿司、江戸っ子のシャレだね]

しかし、これも気に入っていたクロワッサンのサンドウィッチはなくなっていた。
スタッフに聞いたところメニューは時々入れ替えているとのことだった。
スタッフが言うには、今回のメニュー入れ替えでの目玉は「カレーライス」とのことであった。
カレーライスの味の方は、特別美味しいというものではなく、ごく普通のカレーライスであった。
福神漬けはあったけれど、トッピングと呼べるものは用意されておらず、ちょっと寂しい。

カレーライス
[カレーライス、、トッピングがあればいいのに]

おなじエメラルドとパラゴンメンバー専用室でも台北の空港はホームベースということもあって、豪華な作りだし特別メニューもいくつか用意されていた。
そんなメニューの中に「うな重」もあったので注文してみる。
一口サイズのミニサイズだったけれど、ウナギは蒲焼と白焼きが交互に並べられていて楽しい。
ただ残念だったのは、ご飯の炊き方でお米にふっくら感が足りなかったことと、山椒が着いてこなかったこと。
成田空港のワサビにしても台北の山椒にしても、どうもちょっと一つ欠けているのは気になるところ。

ミニうな重
[ウナギを食べたのは久しぶり]

バンコクでは無事にすぐ荷物も出てきて、そのままタクシーでアパートへ向かうことができた。
歳をとってきたからか、深夜の時間帯に動き回るのはだんだんと辛く感じるようになってきた。
以前のように飛行機の中やラウンジでひたすらお酒を飲み続けるようなこともしておらず、かなり控えめにしているけど、こうして飛行機に乗ったりしたあとに疲れがのこってなかなか抜けなくなってきた。

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札幌旅行 (後編)
9月11日 (月)
札幌での3日目の朝も前日と同様に大浴場での朝風呂から始める。
今日の予定は、定山渓温泉へ行くだけ。
定山渓温泉へ行くバスもホテルの無料送迎バスなので面倒はない。
そのバスの出発時間は午後2時で、ユースホステルは朝10時までにチェックアウトしなくてはならない。

朝食は昨日買ったパックの白米と納豆。
朝ごはんに納豆はタイでも良く食べているけど、タイで食べている納豆は日本で買ったものを冷凍庫に保管している冷凍納豆。
やっぱり冷凍していない納豆は美味しい。
でも、おかずは納豆だけ。
インスタントの味噌汁でも持っていればよかった。

朝9時半にはチェックアウトを済ませる。
どこへ行くというあてはないけれど、札幌の中心部へ向かって歩いて行く。
今日は月曜日なので銀行がオープンしている。
タイの銀行からお金を降ろしてタイバーツに換金し持ってきている。
これを日本の銀行口座へ入れたい。
持参した金額は大した金額ではない。
前回ロンドンでスリに遭ってしまって、手持ちの現金が目減りしてしまっていた。
タイと違って日本は都市銀行であっても銀行が至る所にあるという訳ではないのが不便。
タイはスーパーやコンビニにもATMがあって、手数料を取られることなしでお金を引き出せる。
それが日本では大都会の札幌でも大通りまで行かないと都市銀行の支店がない。
またスリに遭ったら困るので、さっさと銀行にお金を入れてしまいたいので、ユースを出てまずは銀行のある大通りを目指す。

テレビ塔のある大通り公園まで歩くこと30分。
キャリーバッグはユースホステルに預けてきたので身軽。
これも前回のロンドンでの反省し学んだこと。
キャリーバックを転がしてスマホの地図など見ながら歩くのは、スリに狙われやすい。
昨日は天気が良かったけれど、今日は少し雲が多め。
大通公園にアジアからの観光客がやたらと多い。

大通り公園
[本日の天候は曇り]

札幌のシンボルみたいになっている時計台が見えてくる。
以前は時計塔の周りに観光馬車がいたけれど、観光馬車の姿が消えている。
9月になってシーズンが終わったから消えたのか、それとも交通量の多いアスファルトの道で重い馬車を引かせるなど動物虐待として突き上げられたのだろうか。
どっちかわからないけど、馬車は消えても観光客はたくさん時計台の周りに群れている。

時計台
[札幌のシンボル、日本三大かっかりの一つでもあるそうな]

そんな時計台とは道を挟んだ反対側に"CACAOCAT"という洒落たチョコレート屋があった。
ショーウィンドウから覗くと、チョコレートのパッケージに描かれたキャラクターは黒猫たち。
思わず店の中に入ってみたくなってしまったが、買う気もないのに立ち入るのも迷惑だろうから、ガラス窓越しに写真に収めた。

日本はネコをキャラクターに起用していることが多いけれど、街を歩いていても本物のネコと出会うことがとても少ないように思う。
札幌に来て3日目だけどまだ一匹も出会っていない。
ヨーロッパでもネコをあんまり見なかったけど、一匹も見かけないなんてことはなかった。
日本はもネコにとって住みにくい土地なのかもしれない。

COCOACAT
[日本はネコを商用利用し過ぎだなな]

銀行での入金手続きは簡単に終了。
通帳に入金金額がちゃんと記載されている。
オフィス街の中を進みポプラ並木の先に旧北海道庁の赤レンガの建物が見えてきた。
観光名所になっており、内部は北海道の資料館になっているので、時間もあるから行ってみる。
しかし、どうもなんかおかしい。
近づけば近づくほどなんかヘン。

ポプラ並木と旧道庁
[旧道庁の赤レンガとポプラ並木]

そして敷地内に入って初めて納得する。
赤レンガの建物だと思っていたのは、工事用のシートに描かれた絵だった。
建物は現在回収み工事かなんかが行われており、その周りを覆うシートに赤レンガの建物の実物大の巨大な絵が描かれていただけであった。
愛想のないブルーシートで覆ってしまったら観光客をがっかりさせてしまうだろうけど、こうして絵でも描かれていれば、遠目にはわからない。
観光記念のスナップ写真ならたぶん見分けがつかないんじゃないだろうか。

巨大絵画
[絵にかいた餅ならぬ、絵に描いた旧道庁]

さて、定山渓温泉へのシャトルバスの乗り場がどこなのかわかってないことに気が付いた。
今晩泊まる定山渓ビューホテルへは何度か泊まっており、そのたびにシャトルバスのお世話になってきていた。
しかし、以前の乗車場所ではなくなったようだ。
以前のホテルはカラカミ観光という道内有数の観光ホテル会社だったが、どうも定山渓ビューホテルの経営が変わったようで、札幌駅団体バス乗降場と案内された。
念のためその団体バス乗降場がどこなのか、事前に調べておくことにする。

私の記憶では札幌駅の正面に大きなバスターミナルがあってその一角に団体用のバス乗降場があったと思っていた。
しかし、実際に札幌駅前に来てみると様子がだいぶ違う。

バスターミナルなんて見当たらず、デパートなど大きな建物がある。また家電量販店の大きな建物もあり、その下がバスターミナルみたいになっているよ江なんだけど、その家電量販店はすでに閉店しており、建物も改装するのか取り壊しをするのか、立ち入り禁止になっている。
ここは私の知っている札幌駅ではないみたいだ。

駅の中に入って、ネットで調べてみると団体バスの乗降場は札幌駅の北口になっているらしい。
駅の通路をたどって北口へ出る。
南側と比べると北口と言うより「裏口」と言った感じで、あんまり華やいだ感じがしない。
団体バスの乗降場も、なかとなく仮設で間に合わせみたいな感じになっている。
札幌の街中は大型観光バス、つまり団体客を乗せたバスがたくさん行きかっているのに比較して、駅の団体バス乗降場が寂しいということは、団体客にとって札幌駅はあんまり重要ではないのかもしれない。
私の記憶の中にあった札幌駅は、まだ青函連絡船を使って北海道へ渡るのが一般的だったころのことで、北海道旅行とは鉄道旅行だった。

バス乗り場も確認できて、これで一安心。
ついでなので、明日の空港行きバス乗り場も確認しておく。
札幌駅から空港へ行くバスは、南口側からの出発だけれど、バスターミナルではなく、駅前の通り、読売新聞社前の路上のバス停からだった。
待合室もなければ、ベンチや雨や日差しを避ける屋根もないバス停だった。

時刻は11時半となり、昼食も食べ、ユースに荷物を取りに戻らなくてはならない。
荷物をと回収してから昼食だと、ランチタイムで混雑する食堂にキャリーバッグを持ち込むことになり、迷惑となるだろう。
先に昼食を食べておくのが良さそうだ。

また大通り公園に差し掛かると何かのイベントが開催されており道内各地からの食の祭典みたいなことをやっている。
テントが張られ、露店が並んでいる。
ここ大通公園はいつ来てもこんなイベントをやっているようだ。
美味しそうな匂いが漂っているけど、私の金銭感覚からすると高くて食べられない。

大通公園のイベント
[大通公園のイベント、食べ物関係は観光客をひきつける]

そのまま素通りして狸小路に出る。
目に入ったのはドン・キホーテ。
そういえば、一昨日ここで買った特売品のカップ麺が旨かった。
それをまた買って今日のランチにするというのも悪くない。
このドン・キホーテの食品売り場は地下2階。
早速下りて行ってカップ麺売り場へ直行するが、一昨日買った「麺づくり」シリーズの味噌味は売り切れたのか、並んでいなかった。
その代わり「担々麺」が置かれていた。
値段はおんなじで100円しない。
まさに私の理想とするワンコイン・ランチ。

ユースホステルへ戻ったところでキャリーバッグを受け取り、カップ麺にお湯を注いで昼食とする。
一昨日の味噌ラーメンと比べるとフリーズドライの野菜の量が少ない。
しかし、出来上がりは十分に満足できるものだった。
前回は麺の戻りが今一つだったので、今回はお湯を入れて蓋を開けるまで少し長めに時間を取ったのも良かった。
ノンフライの麺は美味しいと思う。
タイのカップ麺にはノンフライがないのはなぜだろう。
スープも胡麻がイイ味出していた。
担々麺には追加の唐辛子を大量投入した。
バンコクのラウンジで詰めてもらった唐辛子、大変重宝している。

札幌国際ユースホステル
[二晩お世話になった札幌国際ユースホステル、とても快適だった]

ユースホステルを午後1時に出発。
市内との間のもう通いなれた道を歩く。
札幌駅北口の団体バス乗降場に着いた時にはもうホテルへのバスが到着して、お客を乗せていた。
ほぼ満席の盛況。
学生さんらしいグループもいるし年配者もいる。
私の前の席は台湾からの夫婦連れのようだ。
天気はどんよりと曇っていて、ときどき小雨もぱらつく。

定山渓ビューホテルに到着して、最初に温泉に入るか周辺の散策にするか迷った。
このホテルには本館の大浴場と、新館の展望大浴場がある。
本館の大浴場は時間帯によって男女が入れ替わるシステム。
新館の展望浴場には露天風呂があるけど、こちらは時間帯によって男女が交代で利用できるシステム。
つまり、時間を選べうまく選べば本館の大浴場2か所と、新館の展望浴場で露天開放の3か所での入浴が可能になるわけ。
これから明日のチェックアウトまで、3回の入浴をどのタイミングで行うのが効率よいか考えたけれど、温泉は滞在中に何度でも入れるけれど、周辺の散策をするのに日没は待ってくれない。
ということで、まずは周辺の散策から始めることにする。
なお、このホテルには巨大な温泉プールがあり、それが名物となっているようだけど、ここに入る予定はない。
プールで泳ぐのは好きだけど、屋内の温水プールはなんか入りたいと思わない。
それに一人でお遊びプールで何をしたらイイのかわからない。

定山渓ビュー本館の部屋
[部屋は一人用にはもったいないくらい広い]


周辺の散策では、定山渓の裏にあるダムでできたさっぽろ湖へ行くことにした。
このダム湖のほとりには道があり、そのまま進むと小樽方面へ抜けられる。
さっぽろ湖は紅葉の頃が美しいらしいけれど、今年はまだ紅葉は見られない。
あと1か月くらいしないとダメだろう。
湖のほとりまでのドライブウェイも定山渓からあるけれど、車の道は大まわりで途中にトンネルもある。
自動車が走っているトンネルを徒歩でくぐるのは気持ち悪い。
ドライブウェイ以外にダム湖の上へあがる方法として、ダムを登ってしまうという方法もあると考え、ダムに向かって歩き始める。
ダムの手前までは以前にも歩いたことがある。
渓流に沿ってダム関係の人や車両が行き来する道がまっすぐついていた。

ダムへの道は人通りがないのは北海道だから当然としても、車も全く走って来ない。
それでも道幅は広く、アスファルトでしっかり舗装されている。
両脇は熊笹が生い茂り、木々には白樺も混じる。
昨日の藻岩山の登山道も良かったけれど、靴底の薄い私の靴で歩くにはこうした道の方が快適。

渓流は所々で小さな滝を作っている。
谷の幅は狭く、両壁から木々の枝が伸びて差し掛かっている。
これで紅葉していたら「目の覚めるような」と形容したくなる景観になるかもしれないけど、葉が緑でも十分に美しく、新鮮な感じがする。

渓流
[やっぱり日本の自然は美しい]

やがてダムの真下に出る。
放水口から水が噴き出して、周囲には雨が降っているかのように飛沫が飛んでいる。
飛沫が気化熱を奪うからか、近くへ行くとエアコンが効いているかのようにひんやりする。
そんな飛沫が降り注ぐ中を橋を渡って先へ進む。

放水口
[飛沫がすごい]

ダムの壁面には「ダム内見学通廊」と言うものがあった。
自由に参観できる施設のようで、お金もかからないようだから覗いてみる。
人が並んで歩けるくらいのトンネルになっており、壁にパネルが張り出されてダムの説明などがされてある。
ずっと奥まで行けて、あわよくばダムの上まで出られるのではないかと期待したけれど、50メートルと歩かないうちにトンネルはカギのかかったドアで閉じられていて、先へ進めなくなってしまっている。
そのドアの横に温度計があり、気温は14℃を示している。
確かにダムの外よりずっと涼しい。
湿度は60%ほどで思っていたほど湿度が高くない。
ダムの中は水を貯めている施設だからジトジトしているかと思っていたけど、案外快適な環境のようだ。

ダムの内部
[ダムの内部はやっぱりコンクリートだらけ]

ダムの袂に登山道が付いていた。
登り口に看板があり小天狗岳と言う標高765メートルの山へ登れるらしい。
しかし、看板には午後2時半以降の登山は禁止と書かれている。
登り1時間半、下り50分で、この登山口のあるダム施設自体が夕方5時に閉鎖されてしまうので、時間を逆算していくと、2時半以降に登り始めると、5時の閉門に間に合わなくなるということらしい。
なお、登山道とは別にダムの上へ登る小径もあったので、そちらを登り始める。

5分ほどでダムの上に到着。
他に観光客もおらず、ドライブウェイもほとんど車がやって来ない。
ダム湖の方も静寂で、湖面も周囲の山影を映しているだけ。
湖畔に沿ってドライブウェイが付いているのが見える。

ダムの上
[ダム]

ダムの下側はさっきの放水口から水が噴き出しているのが見える。
谷を越えた奥の方に温泉街のビル旅館が並んでいるのが見える。
聞こえてくる音は放水口からの音が周囲にこだまして響いてくるものだけ。

温泉街側
[緑が深い]

ホテルへチェックインした際に夕食は5時半からだと言われた。
バイキング式で、団体客が多いから早く行って食べた方が良いとも言われた。
しかし、ホテルの案内を読むと夕食の終了時間は夜9時。
特に時間制限はないらしい。
団体客が多くても、私一人くらいどこにでも紛れ込んで席に着けるだろう。
なんなら相席だってかまわない。

夕食前に本館の大浴場へ行って入浴。
宿泊客以外の日帰り客も多いようで、温泉プールで遊んだ小さな子供連れの親子も多く見かける。
ここの大浴場、お湯の温度は少しぬるめ。
浴槽はたくさんあり、大きいのだけれど、湯温はだいたいどれも一緒。
私はあまり長湯は最近できなくなってきているけど、熱い風呂は好きなので、できれば湯温の違う浴槽を用意しておいて欲しいと思う。
また、打たせ湯など使えない施設もあったりする。
メンテナンスにお金をなかなか回せないでいるのかもしれない。

入浴後、昨日味を覚えて気に入ったハイサワーを冷蔵庫から取り出して飲む。
ここのホテルの冷蔵庫には飲料水しかもともと入っていないが、これは私が昼前にドン・キホーテで買っておいたもの。
風呂上りのサワーは旨い。
60年近く生きてきて、今頃気づくとは遅すぎだ。

6時半過ぎに夕食会場へ。
言われていた通り団体客で満員だけど、私はほとんど待つことなくテーブルへ案内してもらえた。
相席ではなかった。
バイキングなので様々なものがあるけれど、取り立てて美味しいものはなかった。
行列ができているだろうと思った寿司コーナーも、ほとんど並んでいない。
寿司の小皿にはマグロやイカなど3貫が乗っているだけで、薄切りの冷凍もの。
昨日の寿司弁当よりかなり劣る。
比較的行列の長かったのは天ぷらで、私も並んでみる。
みなさん山盛り天ぷらを皿に盛っている。
しかし、これも材料は大したことがない。
エビ天のエビは甘海老みたいに細いエビだった。
こんなに細いエビならかき揚げにしてほしいくらい。
いや、本当に甘海老の天ぷらだったのかもしれない。

また、次に行列の長いのは海鮮丼コーナー。
ここは、細かくぶつ切りにしたお刺身とか、甘海老とかを好きなだけご飯に載せられるシステムになっている。
そうして、見てみるとみなさんイクラばかりを下のご飯が見えなくなるくらい載せている。
私はイクラなど好きではないので、見ているだけだったけれど、イクラそのものの鮮度はあまり高そうに見えなかった。

このホテルに来たのは4年ぶりか5年ぶり。
経営者が変わったことはすでに書いたけど、従業員もずいぶんと変った。
別に個々の従業員と面識があるわけではなく、従業員の国籍が変わったということである。
以前の従業員は中国人と韓国人が多かった。
名札も、李さん、金さん、周さんなどばかりだったが、そうした中国系、韓国系の従業員は目立たなくなり、変わって南アジア系の従業員が多くを占めている。
バングラデシュ、インド、スリランカ、ミャンマーあたりだろうか。
客層は依然と同じく、タ湾や中国からの個人観光客、韓国からの団体客が半分以上を占めているようだ。

南インドからのスタッフがいるからか、バイキングのメニューの中にもサモサなどが入っていたりする。
そんな中にバングラデシュのキーマカレーと言うのがあった。
バングラデシュには言ったことがないし、バングラデシュ料理なんかも食べたことがない。
珍しいので食べてみることにする。
しかし、なんかピントのぼけた味で、あんまり美味しくない。
第一ちっとも辛くない。
ご飯も日本米ということもあり、インディカ米ではないのも原因かもしれない。
唐辛子を振りかければ少しはパンチが効いて美味しくなるかもしれないが、唐辛子は部屋に置いてきてしまっていた。
バングラデシュからのスタッフに聞いてみたいと思った。
「あなたの国の料理の味と、このキーマカレーはおんなじですか?」

それでも、バイキングの種類はたくさんあるので、少しずつ味見していたら満腹になって苦しくなってきた。
部屋に戻ったら、急に疲れも出てきた、。
夕食後に新館の展望浴場へ行こうと思っていたけどやめた。
温泉街のはずれにある公園でイルミネーションの点灯があると聞いていたけど、行くのをやめた。
そして、気が付いたら午前2時。
部屋の電気を点けたままで、ベッドの上で眠り込んでいた。

<hr>

9月12日 (火)

さて。今回の旅行も最終日。
昨晩は何時に寝たのかよくわからないけど、たぶん9時前には寝ていたはず。
夜中にいったん目を覚ましたけど、その後また眠り込み、次に目を覚ました時には朝になっていた。
それでも時刻は6時半を回っている。
良く寝たもんだ。
今朝も朝風呂から始める。
本館下の大浴場。
昨夕とは男湯と女湯が入れ替わっている。
どっちが良いかは比較できないが、昨日の風呂場は比較的明るく感じたのはガラス窓があったからだろう。
それに比べて、今朝の浴場はなんとなく暗い。
その代わり浴場内に彫像などが配置されていたりする。
趣味の問題かと思うけど、私の趣味ではない。
しかし、露天風呂は今朝の方が趣がある。
石の階段を下りて行ったところにあり広くはないけど、岩風呂と言った感じで良い。

風呂から上がって朝食へ向かう。
団体観光客はたぶんもっと早い時間に朝食を終えていたのだと思われ、混雑は大したことはなかった。
それでもまだ韓国人のグループがいくつものテーブルで食事の最中だった。
昨晩の夕食と比較して、今朝の朝食は悪くない。
薄っぺらだけど塩鮭があり、煮物があり、肉じゃがもある。
納豆やイカの塩辛、どれもご飯が進みそう。
海鮮丼もやはりあって、私もイクラと刺身のブツ切りと小柱を入れて作ってみる。
ご飯は酢飯ではなく、普通の白いご飯だった。
韓国人の団体が多いからキムチでもあるだろうかと見回したけれど見つけられなかった。
この海鮮丼は韓国人客に好評なのか、斜め前の韓国人グループはみんな盛大に食べている。

朝食
[いかにも団体旅館の朝食と言った感じだけど嫌いじゃない]

カレーもあった。
朝カレーも好きなので、ご飯茶碗にかけて食べてみたけれど、残念ながらカレーの風味があんまりなく、ちっとも辛くなく失敗だった。
ここの従業員はエスニックの人たちが多いのだから、エスニックメニューを充実させたコーナーでも作ったらイイのにと思う。
それにビーガン・メニューも用意すべきだと思う。
韓国や中国からの団体客だけでは、いまのご時世そういつまでも潤わないと思う。
もっと多国籍からのインバウンドを狙うべき時期に来ていると思う。
せっかく南アジア圏からのスタッフを抱えているのだから、エスニックやビーガンはお得意だと思うけど。

朝食会場
[朝食会場は大きな窓でガヤガヤとうるさい団体客の声に耳をふさげば、さわやか]

朝食後に浴衣のままで散歩に出る。
昨晩出向かなかったイルミネーションをやっている公園でカッパたちに挨拶してくる。
火曜日の朝ということで、公園内にほとんど人影がない。
台湾からの観光客が一組写真を撮りあっているだけだった。
公園の奥の赤い吊り橋を渡り、対岸の斜面を登って、小学校脇から国道に出る。
国道沿いの大型旅館では観光バスの出発ラッシュらしく、仲居さんはじめ旅館の従業員たちが並んでバスを見送っている。
どのバスも乗客は日本人ではないようだ。

浴衣で散歩
[かっぱ]

9時に定山渓温泉街の散策からホテルへ戻り、大急ぎで今度は新館の展望浴場へ向かう。
帰りのシャトルバスは09:45集合となっているから慌ただしい。
大浴場には数人しか入浴客はいなかった。
やはり湯温はぬるめだけれど、光が良く入り、大きなガラス窓から周囲の山並みも眺められて気分が良い。
裸のまま螺旋階段を登ったところに展望露天風呂。
本館の露天風呂は岩風呂だけれど、ここはそっけない四角いコンクリート。
屋上に浴場を作っただけと言った感じ。もう少し演出があった方がイイのになと思う。
この露天風呂も湯温はぬるめで、しかも雨まで降りだしてきた。
夜に星空でも見上げながらの入浴ならもっと風情があったかも。

急いでチェックアウトをしてホテル前のバスに乗り込む。
しかし、なかなか出発しない。
バスの予約をしている人があと二組やって来ていないという。
その人たちを10時5分まで待つようにホテルから言われていると運転手は説明した。
雨が降っている。
私は札幌駅から11時のバスで空港へ向かうのであんまり遅くなってほしくない。
結局10時10分までバスは他の乗客を乗せたまま待機していたけれど、結局待ち人来ず。

運転手は雨で道が渋滞しているから旧道で行きますと言って、山沿いの細い道を札幌へ向かって走った。
途中、一昨日アジフライがあるかと立ち寄った吉野家の交差点でバスは国道を越え、ミュンヘン橋で豊平川を渡った。
雨の降りは激しくなり、スコールのようになっている。

雨
[吉野家前の交差点では前が見えないほどの雨になった]

札幌駅に到着したらもう11時を過ぎていた。
団体バス乗降場から雨に濡れながら、駅の連絡通路へ入る。
駅の中のアナウンスが大雨のため、電車が遅れたり、不通になっている区間があると伝えている。
南口へ回っても雨は降り続いていて、空港行きのバス停には屋根もない。
折りたたみ傘は持ってきているけどキャリーバッグの中。
こんな雨の中でバッグを開けたくないけど、雨にも濡れたくない。
読売新聞ビルのわずかな軒下に立ってバスを待つ。
バスも雨でスケジュールが乱れているのかなかなかやってこない。

札幌駅前のバス停
[札幌駅前のバス停で雨に打たれる]

空港についてチェックインを済ませてラウンジへ向かう。
ここには中華航空専用のラウンジがなくてロイヤルという共用ラウンジ。
以前もここを利用したことがあると思ったのだが、内部が随分としゃれた作りになり、ゆったりとしている。
改装でもしたのだろうか、それとも前回とは別のラウンジなんだろうか?
しかし、私が楽しみにしている飲食物はメニューが少ない。
もう午後だというのに朝食のようなメニューが並んでいる。
オムレツにウィンナーソーセージ。

午後だけど朝食風メニュー
[どう見ても朝食用だね]

ケチャップなどはあるけれど醤油が置かれていない、
醤油がほしい旨をスタッフに伝えるが置いていないとのこと。
調理場には醤油ぐらいあるだろうと思ったが、ここにあるものは出来合いのものばかりで、調理そのものをここではしていないのかもしれない。
以前も飲食物はおにぎりとか、柿の種とかだったから、オムレツでも進化したといえるかもしれない。
それと、札幌名物のスープカレーがあった。
実は名前は聞いていたけど、今まで食べたことがなかった。
どうやって食べるのかスタッフに教えてもらう。
ご飯にかけて食べてもいいし、別々に食べてもいいとのことであったが、そのスタッフは別々に食べるのが好みだと言っていたので別々に食べることにした。
これが本式のスープカレーなのかは知らないけれど、オクラ、ジャガイモ、カボチャやニンジンなどの温野菜に、カレー風味のスープをかけるというもので、ご飯は別に茶碗でいただく。
カレーのスープはあんまり辛くなかったけれど、スパイスの香りが立ち上って悪くない。
温野菜ばかり先に食べてしまって、具なしのスープとご飯だけが残った。
このご飯にカレースープをかけていただいたら、これがうまかった。
カレーライスの概念ではなく、これはカレー風味のお茶漬けである。

スープカレー
[これがスープカレー]

ほかにも味噌ラーメンがあった。
セルフサービスで茹で麺にチャーシューなどの具をのせてスープをかけるだけ。
これもいただくことにしたが、味噌ラーメンには七味唐辛子が欲しいところ。
七味唐辛子が欲しいといったのだけれども、やはりこれも置いていないとのこと。
ここを利用する人たちからの要望はないのだろうか?

ここのスタッフにも日本人以外のスタッフが二人いて、一人は中国人、もう一人はインドネシア人かなと思っていたけど、話しかけてみたらミャンマーからだそうだ。
以前は外国人といったら中国人ばかりだったけど、この何年かでだいぶ変わったようだ。

最後にカップに味噌汁をいただく。
これはカップコーヒーのサービスベンダーみたいな機械でのセルフサービス。
味噌汁以外にコーンスープなんかもある。
ここで味噌汁をカップに注いでいたら搭乗案内となり、味噌汁を手に機内へ乗り込む。
滑走路へ向かって飛行機が動き出したら、滑走路をキツネが横切っていくのが見えた。
雨はもう上がっているようだ。

味噌汁
[離陸前にウエルカムミソスープ]


機内では「土を喰らう十二カ月」という映画を見た。
感動的な映画というわけではないけれど、水上勉の生き方にはあこがれてしまう。
あんななんでも自給自足での生活など私には無理だろう。
たぶん、三か月を待たずにギブアップするだろう。
映画で見る分には、あこがれるなぁなんて感じてしまう。
なお、主人公を演じていたのが沢田研二で驚いてしまった。
あのジュリーがこんな老け役がはまってしまうとは、知らないうちに年月はとんでもなく大量に流れていたようだ。
相手役の松たか子もオールドミス役がはまっていたけど、こんなもんかくらいにしか感じなかった。

土を喰らう十二か月
[あのジュリーがねぇ]

台北で乗り継ぎ、台北のラウンジでサラダとシャンパン、そして広島カキを使ったカキフライをいただく。
待ち時間が4時間ほど、はじめは誰もいなかったけど、夜遅くなって来たらラウンジ利用者がぐっと増えてきた。
この人たちはどうやってマイルを貯めているのだろうか?
私のような最低価格のエコノミーでなく、ビジネスクラスでヨーロッパやアメリカを往復してたら、年に2回くらい往復してもメンバーに慣れてしまうんだろう。
つまり、私とは住む世界が違うけど、おんなじラウンジで飛行機を待っている。
バンコクには午前2時前に到着。



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