■かれんだー■
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31    
<<前月 2018年01月 次月>>
■直近記事 20 ■
■コメント■
■カテゴリー■
■アーカイブ■
■2001-2004年の記録■
■ぶろぐ主宰者■
■ぷろぐらむ拝借■
BLOGNPLUS(ぶろぐん+)
■その他■
 
■あどみん■
ADMIN ID:
ADMIN PW:
 

台湾中央山脈越え 後編
5月13日金曜日
朝5時に目覚めてしまう。
昨晩はエアコンをつけっ放しにしており、エアコン慣れしていないからか、あまりよく眠れなかった。
それに窓のない部屋なので、外が明るくなってるにもかかわらず、寝坊でもしてしまうのではないかと気が気でなかったことも眠りが浅かった原因だったかもしれない。

昨晩の雨で濡れてしまったGパンや靴はまだ乾いておらず、履くのがちょっと気持ち悪い。
それでも6時になるのを待って外に出ると、雲はまだ多いものの、もう雨はすっかり上がっていた。

花蓮 早朝の街並み
[台湾中央山脈が目前に迫って見える花蓮の街]

朝早いので人通りはまだあまりない。
近くに市場があった。
食肉売り場が目立つ。
特に豚肉。

鉄道史跡公園
[昔の駅は鉄道史跡公園になっていた]

昔の鉄道駅近くに鉄道史跡公園があった。
まだ開園時刻前だが、屋外に展示されているSLは柵越しに見えた。
まるで今でも使われているかのような展示方法で、なかなかいい雰囲気を出していた。

軽便蒸気機関車
[軌間762ミリの軽便ながら堂々たるD型テンダー、まるで9600型機関車の弟みたいだ]

この旧駅前周辺には安い旅社がたくさん集まっていたのだが、すっかり消え去ってしまっている。
新しいビジネスホテルのような宿泊施設はたくさんある。
私が昨晩泊まった富凱大飯店もその一つであるが、どうもどのビジネスホテルももともとは旅社だったものを改装してこぎれいに見せているだけのように思われる。
旅社のおばさんが薄暗い中で座っていた番台のような受付を、明るくきれいにして、若いスタッフを配置している。
部屋も昔よりずっときれいにはしているのだろう。
それで、宿泊料金は以前の何倍にも跳ね上がってしまっている。
観光地の花蓮は中国大陸からの観光客がたくさん来るので、彼らを当て込んで改装したのだろう。

海岸沿いには遊歩道とサイクリングロードがよく整備されている。
タイもそうだが、台湾も自転車ブームのようだ。
自転車のための施設がとてもよく整備されている。

海岸沿いの遊歩道
[海岸沿いの遊歩道で上半身裸の男性がネコと散歩 いいなぁ]

以前、花蓮の海岸は丸くて綺麗な小石の海岸であった。
たぶん太魯閣峡谷から流れ下ってきた大理石も相当数混じっていたのだろう。
波打ち際で綺麗な石を拾い集めている人が何人もいた。
しかし、今の海岸は波消し用のテトラポットが並んでしまい見る影もない。

花蓮の海岸
[花蓮の海岸 テトラポットで浜辺が埋まっている]

古い日本家屋を改造した喫茶店があった。
以前はもっと日本家屋が多く残っていたのだが、だいぶ減ってしまっているようだ。
もっとも、戦前の日本家屋など最低でも70年以上過ぎているわけだし、姿を消して当然ではある。
が、この辺りは日本家屋だけではなく、全くの更地になってしまっている。
再開発でもするのだろうか。

日本家屋改装の喫茶店
[日本家屋を改装した喫茶店]

羽鳥醫院
[戦前は羽鳥醫院だったそうだ 由来の説明書きもある]

宿の前の饅頭屋で朝食にする。
宿の前には「公正包子」と「周家包子」の2件の饅頭店が並んでいる。
どちらも繁盛しており、人気店のようだ。

饅頭店
[公正と周家、二軒の饅頭屋が並んでいる]

公正のほうに入って朝食とする。
注文したのは蒸餃子一籠に小籠包5個。
有名店のようで観光客も来ている。
蒸餃子は水餃子と比べると扱っている店が少ないように思う。
しかし、水餃子よりもおいしいと私は思う。
それにここの蒸餃子は一蒸籠に9個も入ってたったの30元である。
小籠包も一つ5元と安い。
安いながら素朴な饅頭をかぶりつくと、中から肉汁がほとばしり出てくるジューシーな本格派。
これかなり満足度が高い。

蒸餃子に小籠包
[蒸餃子に小籠包 これで55元は感激]

小籠包
[ここの小籠包、安くても侮れません]

8時少し前のバスに乗る。
今日は花蓮から静浦、成功とバスを乗り継いで台東まで行き、そこからは汽車に乗り高雄経由で北上する予定。
バスが走り出してすぐの交差点で、一人のおばあさんがバスに乗りたそぁなしぐさをしている。
ドアを開けると乗り込んできた。
「どこまで」と運転手が尋ねると、
「私の家まで」という。
「それじゃわからんよ」と運転手が言っても、
「バスに乗ってきて寝過ごしちまったんだよ、それでどこかわからなくなって迷ってたんだ」とおばあさん。
運転手は困った顔をしながらも「外よく見てて、家の近くになったら声かけな」と言ってバスを走らせた。
しばらく走って、「あぁ、ここだよ」とおばあさんは言って、バスを止めさせ降りて行った。
花蓮はまだまだのどかだ。

花蓮客運の中型中国製バス
[静浦行き花蓮客運の中型中国製バス]

市街地を抜け、丘を越えて走っていくと、観覧車のある何とか海洋公園というレジャー施設があった。
そこで親子連れを降ろした後は、海岸線に沿ってバスは走る。
天気も良く、海が青い、きれいな海なので車窓越しに写真を撮ろうと思うのだが、バスがとても揺れるのでうまくシャッターがきれない。

バスの車窓より
[バスは海岸線に近づいたり、丘へ登ったり]

1時間ほど走った亀庵と言うところでトイレ休憩。
このあたりの道端ではトビウオ焼いて売っている屋台を見かけた。
このあたりの海ではトビウオが飛んでいるのだろうか、青い海原をトビウオが飛んでいる姿を想像する。

焼トビウオ
[トビウオを焼いて道端で売っている]

アミ族の筏漁船
[アミ族の筏漁船 ]

太平洋
[太平洋の青い海 とってもきれいな景色だ]

さらに1時間ほど走って静浦で下車。
静浦は花蓮県と台東県の県境に近い村で、花蓮側から来たバスと台東側からのバスの乗り継ぎ地点ということになっていた。
昔、母とこの台湾東海岸線を台東から花蓮までバスを乗り継ぎながら旅したことがある。
その時もこの静浦に寄ったかどうかは記憶が確かではないが、海がきれいな町に立ち寄ったように思う。
しかし、それはどうやら静浦ではなかったようだ。
静浦は街などではなく、小さな集落に過ぎなかった。

静浦
[静浦のメインイトリート]

海岸線に出たら砂浜ではなく、丸い石だらけの浜であった。
石は小さなものもあるし、漬物石になりそうなサイズもある。
いずれも角張ったとところはなく、丸く扁平な石ばかりだ。
私の安物の靴は、靴底が薄く、しかも昨日ずいぶんと歩いたために、靴裏がすり減って穴まで開いている始末。
そのな靴なので石の海岸を歩くと足の裏が痛い、

静浦の海岸
[波は高いが、とてもきれいな海だ 泳げないのがもったいない]

秀姑巒渓の河口
[秀姑巒渓の河口 ラフティングで有名な川です]

10時40分のバスに乗り、次は成功に向かう。
花蓮でのバスはずっと中型バスであったが、今度のバスは大型で、乗り心地も良いようだ。
そのせいか車内でも半分ウトウトしてしまう。

台東県に入ってからの方が沿道に集落が多いようだ。
○○民宿と書かれたペンションもたくさん目についた。
海はきれいなのだが、海水浴をしている人の姿は見かけない。
今でも台湾の海岸は海水浴場として指定されている場所以外は遊泳禁止なのだろうか。
海がとってもきれいなので、なんだかとてももったいない気がする。

三仙台という錦帯橋のような橋が沖合の島までかかっている景色の良い場所がある、
この先の川を渡ったならばすぐに成功の街だった。

三仙台
[錦帯橋のような橋が沖の島までかかっている]

成功は静浦の何倍もある大きな街で、立派な漁港と魚市場がある。
また歩いてみると資料館や博物館のようなものも整備されている。
ここ成功は中国語で旗魚とよばれるカジキの産地で、ここでは船の上からカジキをモリで仕留める漁法が有名らしい。
街中を歩いてみると旗魚と書かれたメニューを掲げた食堂がいくつかあった。

成功漁港
[成功漁港]

漁港ではもう競りの時間は過ぎているのが、静かだった。
漁船の上では漁師が丼でご飯を掻き込み、昼食の真っ最中であった。
漁港内の屋台風食堂では、新鮮な魚が氷箱に入って注文を待っていた。
カツオなんかもいて新鮮で大きい。

魚の入った氷箱
[魚河岸隣接なので新鮮な魚を屋台で食べれる]

カジキ漁船
[カジキ漁船 船首からモリを投げるそうだ]

さっきのバスを降りるとき、スマートパスの残金表示を見たら、あと少ししか入っていないことが判明した。
そこでファミリーマートへ立ち寄り、1000元をリチャージする。
そのファミリーマートではサンドウィッチ風のおにぎりがあるようだ。
日本でもライスバーガーとかあるようだが、サンドウィッチ風のは見たことがない。
食べてみたい気もするが、せっかくカジキの街に来たのだから、カジキを食べておきたい。
でも、どこへ行ったら良いのだろうか?

サンドウィッチおにぎり
[サンドウィッチおにぎり タイにも上陸してきそう]

とりあえず街を歩き回ってみる。
大きな街ではあるが、眠ったように静かな街でもある。

眠ったような町
[昼寝をしているような街並みである]

成功の海岸
[この町も海はとてもきれいだ]

土曜日で締っている郵便局前でWiFiをキャッチした。
ネットでカジキを食べさせるおすすめ店を探してみたら、山側へ6分ほど歩いたところに有名店があることが分かった。
グーグルマップを頼りに行ってみたが、マップ上に印がされている交差点の一角は工事中になっていた。
困ったなと周辺を見回してみたら、少し先にカジキを看板に掲げている店が目に付いた。

佳濱成功旗魚
[カジキ専門店]

その店の名前は佳濱成功旗魚という店で、私がマップで探していた店であった。
中に入ると食堂の雰囲気がまるでない。
冷凍カジキの地方発送を行う店のようだ。
とりあえず店の人に「食事はできますか」と聞いたら、「2階にカフェがある」と言う。
カフェでカジキはないだろうと思っていたが、名前はカフェでもちゃんとしたレストランであった。
しかし満員の大盛況。
空いているテーブルなど一つもない。
「一人なんだけど」と言ったら寿司屋のカウンター席のようなところへ案内された。
板場では若い女性の板前さんが刺身を切っていた。
なかなか板についているし、きびきびして感じも良い。
メニューと水が運ばれてきたが、水は氷も入っていないし、ぬるかった。
メニューを見たが何を注文したらよいものか良くわからない。
読めないわけではなく、その料理のボリューム感が分からない。
セットメニューのようなものがあるが、2人前からになっている。
「一人なんだけど、何を注文したらよいかわからない」と正直に言ったら、
「2人前のセットを一人前でも用意できる」という。
なんとも融通の利くこと。
しかも、2人前が1280元なのに対して、一人前だと600元だという。
なんだか計算が合わないような気もするが、それを注文する。
600元とは2000円くらいで、昼食としては安くはないが、それほど高いわけでもない。

始めに出てきたのはマンボウであった。
花蓮はじめ、台湾東部はマンボウが名物とは聞いていたが、ここで出会えるとは思ってもいなかった。
マンボウの皮をタイ料理風にピリリと辛く和えた前菜。
マンボウは刺身コンニャクとトコロ天がミックスしたような食感で、魚の臭みはまるでない。

マンボウのタイ風前菜
[タイ語ならヤム・マンボウとでも言うのだろうか マンボウのピリ辛前菜]

料理はそれから次つ次に運ばれてくる。
芋のツルのような青菜の炒め物、カジキ団子のスープと続く。
カジキ団子には2種類の団子が入っており、ひとつはタイのルークチンプラーにそっくりの魚肉団子。
もう一つはカジキの身そのものではないかと思われるような団子。
スープは薄味で、セリのような香菜で引き締めてある。
団子はいずれもプリプリしている。

炒青菜
[炒青菜]

カジキ団子のスープ
[タイ語ならルークチン カジキかな]

プリプリのカジキ団子
[プリプリのカジキ団子]

続いてカジキのステーキ。
和風の醤油味を思わせるタレがたっぷりかかっている。
ボリュームがあるし、味は濃すぎず、薄すぎず。
身も柔らかすぎることないのに、皮は柔らかく、皮もおいしく食べられてしまう。
ステーキと言うよりも煮魚に近い感じ。
ご飯にもよく合うし、日本酒がほしくなる味付け。

カジキの和風ステーキ
[カジキの和風ステーキ 半端じゃないボリューム]

最後にカジキの刺身。
刺身の鮮度はよいのだが、かなりの厚切り。
刺身の切り口もきれいなのだが、とにかく大きく、一切れの刺身を前歯で髪切りながら2回か3回に分けて食べる感じだ。
日本と同じサイズで切ったら6枚くらいになるのではないだろるぅか。
醤油をつけた刺身とご飯を食べると、「あぁ、日本には旨いものがあるなぁ」と思ってしまう。
まったく、ここは台湾の田舎町であることを忘れてしまう。

超厚切りのジャンボ刺身
[超厚切りのジャンボ刺身]

そのご飯がとにかくおいしい。
地元の「池上米」とのことだが、丸まっこい米粒で、硬さも味も大したものだ。
お代わりまでしてしまった。

食後にはネーブルのようなものが出た。
酸味もあり、口の中をすっきりさせてくれる。
これもこのあたりの名物らしい。

ネーブル
[すごくみずみずしいネーブル]

そして、最後にもう一品、驚きのデザートがあった。
なんと冷製のマンボウの皮。
先ほどのマンボウと同じだが、ネーブルだろうか柑橘系の汁をたっぷりかけてある。
マンボウの歯ごたえと柑橘系の酸味、とてもよくマッチしている。
仕入れの問題もあるだろうが、こんな店が都会にあったら、ものすごい人気店になるだろう。
このデザートなど、マンボウと教えられなければ、まずこれが魚とは気づかれないだろう。

デザートもマンボウ!
[デザートもマンボウ!]

大満足の大満腹。
これだけ食べて、お代わりのご飯を含めて合計610元也。
本当はもっとゆっくり食べて、ゆっくりしたかったが、次の台東行バスの出発時間が迫っている。
あと5分。
バスの出発は午後2時。
早歩きでバス乗り場へ急ぐ。

台東行きのバスも大きなバスであった。
バス会社はここまで乗ってきた花蓮客運ではなく鼎東汽車客運という台東のバス会社。
それにしても食べ過ぎて苦しい。
腹が膨れると眠くなるというが、腹が膨れて苦しくても眠くなるようで、台東までの1時間半ほどほとんどずっと眠ってしまっていた。

台東行きのバス
[台東行きのバスも大型バスだった]

昔の台東は小さな町だった。
駅前に金安旅社という宿屋があって、台東ではいつもそこに泊まっていた記憶がある。
しかし、今回のスケジュールでは台東市内へは入らない。
鉄道の台東駅も現在は街の郊外に移転してしまっており、このバスも市内へ入る前にある郊外の鉄道駅で降りる予定にしている。
台東が近づいてきて大きな川を渡る際に、下流の市街地の方を見たらば大きなビルがたくさん建っているのが見えた。
台東の街も発展しているのだろう。

台東郊外の川岸から
[遠くに背の高いビルが林立しているのが見える]

台東からは汽車旅。
4時過ぎの平快車というランクの汽車で南廻線を走る。
台湾でいう平快車とは本来「普通急行」のことで、昔はこの下に普通車、そして上に対号特快車、復興号、莒光号、自強号とそれぞれスピードとサービスの違う特急があった。
それがいつの間にか台湾の鉄道で一番下のランクは区間車という各駅停車ができ、しかもその運賃は復興号と同じとなってしまっているようだ。
しかし、これから乗る汽車だけが唯一の例外で、区間車よりもランクが低く、運賃の安い台湾で最後に残った平快車らしい。
平快車と言っても、実際は各駅停車である。
ただし、使用している車両が昔のままのエアコンのない平快車の客車と言うだけである。
昔はこの青い客車が台湾では一般的だった。
私もずいぶんと乗った記憶がある。
となかくエアコン付きの特急より格段に安かった。

南廻線の平快車
[南廻線にたった一本残った平快車 ディーゼル機関車が引っ張ります]

昭和の汽車とおんなじだ
[セピア色にしたら30年前の世界に戻ったみたいだ]

昔からずいぶんと台湾では汽車に乗ってきていたが、今回乗る南廻線に乗るのは今回が初めてである。
だいぶ以前に開通してて、台湾一周鉄道ができたということは聞いていたが、利用する機会がなかった。

台湾にも鉄道の写真を撮るようなマニアがいるようで大きなカメラを構えた男性が家族ずれで乗り込んでいる。
日本人のグループもカメラを持って乗っている。
しかし、彼らも気が付いた時にはどこかで下車したのかいなくなってしまっていた。
代わりにバスケットボールを持った男子高校生らしいグループが乗り込んできた。
そして、また気が付いたらいなくなっていた。

平快車の車内
[古いけどメンテナンスはしっかりされているようです]

この南廻線、地図を見ると台湾山脈の南端が海に落ち込む手前から山の中へ入って、太平洋側と台湾海峡側を結んでいる。
そのため海岸線の景色と山岳鉄道の迫力を車窓から楽しめるものと楽しみにしていた。
しかし、実際にはとてもトンネルの多い路線であった。
太平洋側を走っていても、トンネルとトンネルの間にちらりと海岸線が見えるといった具合である。
そのちらりの景色は悪くない。
ひなびた海岸線で、筏のような小舟が漁をしている。

トンネル
[全線トンネルの連続です]

海もチラリと見せてくれる
[トンネルとトンネルの合間に海もチラリと見せてくれます]

山の中へ
[やがて海岸線を離れ山の中へ]

その海が遠のき、山の中に入ったと思ったらやたらと長いトンネルが連続し、ようやく駅かと思ったら列車交換のための信号所のようで、そこでしばらく停車して反対方向からくる列車を待つ。
ホームに降りてみようとしたがホームがなかった。

信号所にて列車交換
[山の中の信号所にて列車交換]

信号所を出てからもトンネルは続いたが、下り坂になった。
そして果樹園が山の斜面に作られているのが見える。
木々の枝には果実を包む白いカバーがたくさんかけられており、まるで白くて大きな花を山の木々が一斉に咲かしているようにも見える。
このあたりはマンゴーの栽培が盛んだそうだが、今年はひどい不作で農家の人が泣いているとのニュースを先日読んだばかりだった。
白いカバーの中のマンゴーたちはこの後順調に実ってくれればいいのだが。

カバーの花を咲かせている
[果実を包むカバーが白い花のように見える]

やがてまた海が見えてきた。
太平洋側と異なり、台湾海峡側の海は穏やかな夕景となっていた。

台湾海峡側が見えてきた
[台湾海峡側が見えてきた]

車窓からの夕景が物悲しい
[車窓からの夕景が物悲しく見える]

夕方6時20分、この汽車の終点「枋寮」到着。
地下道を通って改札口へ向かう。
その地下道に大きな古い地図が描かれていた。
ずいぶんと昔のものらしく「乃木将軍上陸記念碑」なども書き込まれている。
表記は漢字とカタカナ。

古い地図
[乃木将軍上陸記念碑まで描かれた昔の地図]

この駅ではまず洗面所へ駈け込んで顔を洗う。
トンネル続きで、ディーゼル機関車から吐き出される油煙を浴びてしまっていたので、汗とともに首筋などが気持ち悪かった。

旅行の計画を立てるとき、列車の乗り継ぎ時間を利用してこの街で夕食でも食べようかと思っていたが、まだ満腹のままで食欲がない。
散策だけすることにした。
まだ日没前なので、駅前からまっすぐ伸びる道を歩き、海に出た。
穏やかな台湾海峡の夕景が広がっていた。

台湾海峡の夕景
[雲が多く、夕日は見られなかった]

もうすぐお母さんネコ
[もうすぐお母さんネコ ちょっと警戒心が強いみたいでした]

しかし、小さな町で駅前の繁華街などは10分も歩けば一回りできてしまう。
さっき駅で見た「乃木将軍上陸記念碑」を見ておきたいが、それがどのあたりなのかよくわからないし、それが今でも残っているかもわからない。
さらにもうだいぶ暗くなってきている。
それでも暗い中を街はずれまで歩いてみたり、ウロウロと歩き回る。
若者の支援活動の一環なのか創作芸術村のような施設があった。
施設は古い日本統治時代の木造官舎を改装したもののようだ。
駅に戻ったら、駅前にその芸術村でネコをテーマにした作品展を案内する幟が立っていた。

ネコの作品展と串焼き
[芸術村の作品展案内の奥は日本風串焼きの店、生ビールが美味しそう]

19:46発の莒光号で高雄に向かう。
切符代は107元。
エアコン付きの車内はやっぱり涼しくていい。
高雄に近づくにつれて乗客が増えてくる。

高雄には夜9時過ぎに到着。
ここ高雄の名所の一つ六号二路の夜店街をひやかしてみる。
観光客も大勢来ており、以前同様にぎわっている。
海産物を食べさせる屋台も多く、そこではビールも飲ませるようで、酒盛りをしているグループもある。
しかし、海鮮屋台以外の食べ物屋台ではビールなどを置いているところはないようだ。
テーブルに就いている人たちも食べることに専念している感じがする。

六合二路の夜店街
[六合二路の夜店街 土曜の夜と言うこともあって大盛況]

昔はよく屋台で蚵仔煎という牡蠣の卵とじのようなものをよく食べた。
小ぶりの牡蠣を使っていて、ちょっと甘いのだが、チリソースをかけて食べるとおいしかった。
ここにも蚵仔煎の屋台はいくつも出ていた。
南部台湾は牡蠣の産地とも聞くし、食べたい気もするが、これを食べたら夕食が食べれなくなってしまいそうだ。
それに今晩は鍋を食べたいと思っている。

最近、台湾のかき氷が流行しているらしい。
バンコクにも台湾のかき氷チェーンが上陸している。
この夜店街にもかき氷の屋台があり、大きな鉢に山盛りのかき氷を分け合って食べている日本人グループーを見かけた。
かき氷くらいなら食べてもいいかと思ったけれど、氷よりまずビールを飲みたい。

六合二路を一通り歩いてみたが、鍋の店は見当たらなかった。
ならば適当に別なものを食べれば良いかもしれないが、鍋に執着し始めて、夜の高雄の街を鍋求めて徘徊する。
こんなときにネットが使えれば便利なのだが、こういう時に限ってログインできるWiFiを拾ってくれない。

諦めかけて六合二路でステーキでも食べるかと戻ってきたらば、夜店街の入り口近くに鍋の店を発見。
店の入り口で「ビールはあるか」と聞いたら「ないので、飲みたければ外で買ってきて」と言われる。
つまりビールの持ち込みはOKらしい。
しかし、六合二路にコンビニがないことは先ほど確認していたので、ふたたび夜の街をコンビニ探して歩き回る。

コンビニの前でもネコ
[コンビニの前でもネコ・・ドアが開くたびに涼しい風が来るにゃん]

コンビニでは台湾ビールを缶で2種類3本買った。
クラッシックでアルコール度数4.5度とゴールドメダルという度数5度の2種類。
クラシック1本にゴールドを2本。
鍋が煮えるのを待ち切れず早速プシュっと缶を開けて飲み始める。
飲み比べてみるとクラシックの方がおいしく感じた。
それは喉が渇いていたからかもしれない。

注文した鍋は麻辣火鍋。
赤いスープで辛い四川風の鍋。
具の中に「豚の血ゼリー」が入っていた。
私はこれが得意ではない。
店の人に「悪いけど、これ外してくれない?」と頼んだら、すぐに鍋からすくい出してくれた。
そればかりではなく、代わりに豚肉のスライスを追加してくれた。
こういうのうれしい。

豚肉スライス追加した麻辣火鍋
[豚肉スライス追加した麻辣火鍋]

スープ自体が激辛の麻辣火鍋に唐辛子たっぷりのタレを調合した。
熱い、辛い、玉の汗が吹き出す、ビールをグビリ、あぁうんめぇ。

夕食後、再び六合二路を抜けて高雄駅へ向かう。
バンコクを出発する前に今晩の夜行列車の切符をインターネットで予約をしておいた。
23:30発の莒光号で、事前に予約しておいて正解だったようだ。
ほぼ満席の乗車率。私の隣は小太りの男性。
他の席もほとんど埋まっている。

夜中の高雄駅前
[夜11時過ぎの高雄駅前]

昔、高雄から台南まで汽車に乗ったとき、窓からホタルが飛び込んできたことがあった。
当時乗っていたのは先ほどの平快車同様にエアコンがなく、窓を開け放って田んぼの中を走っていた。
今夜の汽車はエアコン付きで窓は開かない。
それに窓の外に田んぼが広がっているかどうかも確認できない。

シートを倒して眠ってしまう。
何度か途中で駅に停車する際に目が覚めてしまったりしたが、バスなどより足元が広いし、飛行機よりも圧迫感がないので、比較的よく眠れた。




5月15日 日曜日
午前5時過ぎ桃園駅に到着。
ここが空港への最寄り駅となる。

早朝の桃園駅到着
[ようやく夜が明け始めた桃園駅に到着]

この桃園の駅前で朝食でも食べてから空港へ向かおうかと早朝の街を歩き回ってみるが、まだ朝早すぎるためか、もともとそうなのか分からないが、油条や豆乳などを売っている店が見当たらない。
またフィリピン人であろうか、ものすごい数の若者たちが早朝の街を駅の方向へ歩いている。
カップルで楽しげに歩いているものもあるが、酒に酩酊しているものもある。
不良ぽいものもいる。
一体こんなに朝早く、彼らは何者なのだろう。
そしてどうしてこんなに朝早く街を徘徊しているのだろう。
この辺だろうかと目星をつけて路地裏に入ると朝食屋台ではなく、風俗店だったりする。
勝手がわからず、なんだかあんまり気持ちの良いものではない。

しばしば飛行機の乗り継ぎで立ち寄っている南崁の街へバスに乗って行ってみることにする。
南崁の街なら庶民街なので朝食にもありつけるだろうと考えた。

南崁の街も早朝で静かだったが、市場があり、野菜や魚、肉を売っている。
朝食の店はあるが、油条は売っていないようだ。
それにテーブルについて食事をさせるところは少なく、ほとんどがテイクアウトのスタイルになっている。
この辺りはオフィス街でもないし、みんな持ち帰って家で食べるのだろう。
私は水煎包という焼き饅頭をキャベツ入りとニラ入りの二種類買い込んで豆乳と一緒に歩きながら食べる。
どちらも肉の入っていない野菜だけの焼き饅頭だが、かなりボリュームがあった。
しかし、もう少し食べたい気がしたので、再び同じ店に戻って、今度は焼き餃子(鍋貼)を一人前追加注文。
こちらは20元と大変安い。
近くのベンチに座って、焼き餃子の入ったビニール袋に箸を突っ込みながら食べる。

水煎包の店
[水煎包の店 テイクアウト専門です]

水煎包は一個10元
[焼き立ての水煎包は一個10元]

コンビニで土産用にカップ入りのインスタント炸醤麺を二つ買う。
売り場には二個目は半額と書かれていたが、レジを通すと二つとも定価のままであった。

南崁から再びバスで空港へ。
ノックスクートのはエバー航空のスタッフが代行していた。
往路の時に味をしめて今回も「なるべく良い席にしてね」と頼んだのだが、「席は選べません」とぴしゃりと言われてしまった。
帰りの飛行機はほぼ満席であった。
しかし、私の隣は席が空いたままであった。



| http://www.chiangmaikk.com/blog/index.php?e=44 |
| | 10:22 AM | comments (0) | trackback (0) |
PAGE TOP ↑