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即席炸醤麺(台湾製)
このところ話が台湾のことばかりになっている。
バンコクに暮らしているのだし、もっとバンコクのことを書くべきなのだろうけれど、バンコクでは毎日がマンネリ化した生活のため、これと言って書きたいと思うことがない。
それに比べて、旅日記的なものは新鮮なのであれもこれもと書きたくなって、だらだらと長ったらしくなってしまう。
あとになって読み返してみるときになったら、どちらも中途半端に感じることだろう。

さて、前回台湾へ行ったときに買ったインスタント炸醤麺だが早速食べてみた。
メーカーは維力でかなり以前から存在している商品らしい。
というのも1989年に文芸春秋社から発行されている「B級グルメが見た台湾」という本の中にもごく小さく紹介されている。
その写真を見ると容器は四角っぽいようなのだが、それは当時のもので、現在のものは丸くなっている。
しかしパッケージのデザインは昔とほとんど変わっていないようだ。

B級グルメが見た台湾
[B級グルメが見た台湾 カップめんの評価としては星一つ]

この本によると、味の評価はあまり高くない。星一つとなっている。
もっとも、相当な辛口の批評家が審査したものらしく、「味の評価」の説明では「(星の数が少なくなる)順に味が悪くなる」と書かれている。
普通なら「星が多いほどおいしい」などと書くものではないだろうか?
★★★の最高評価でやっとまともな味で、星なしなどとても食べられないと言ったイメージに受け取れる。

内容量は90グラムと日本のカップ焼きそばあたりと比べると少し量が少ないようだ。
内容量の少ないタイのカップ麺との比較では、ジャンボサイズ以上となる。

維力炸醤麺
[維力炸醤麺 台湾のコンビニで買って一つ23元 これはカップ麺としては安い部類]

私はもともと炸醤麺が好きである。
このようなインスタントの炸醤麺を食べるのは今回が初めて。
韓国にもチャジャンミョンと呼ばれる韓国版炸醤麺があり、台湾の炸醤麺とはずいぶんと異なるが、韓国の庶民的な中華料理屋では定番になっており、インスタントラーメン好きな韓国人は、チャパゲティーなるインスタントが売られている。
昔からあって、韓国の子供に人気らしいが、私は食べたことがない。
どうやらスパゲティとチャジャンミョンをミックスしたものらしい。
日本でも炸醤麺は好きで、豚ひき肉のあっぶりは言った肉味噌に豆板醤を効かせて、キュウリの細切りなどを混ぜていただくと大変おいしく、冷やし中華より炸醤麺の方が夏向きだと思っている。
台湾でも炸醤麺を見かけたらばよく注文している。
台湾のはちょっと苦みがあって、大人風味である。

さて、この維力の炸醤麺だが、「全素」と書かれており肉類が入っていないベジタリアンらしい。
つまり肉味噌の肉なしということになる。
また乾麺附湯 一桶両吃とも書かれている。
つまり汁なし麺にスープ付き、一杯で二度食べられるという意味だろう。

乾麺附湯 一桶両吃
[乾麺附湯 一桶両吃]

包装のビニールを破ってみたら驚いた。
カップ麺のカップが二つ付いている。
「一桶両吃」と書いてあるのにカップ(桶)が二つだ。
炸醤のソースと粉末スープがついている。
フリーズドライの具などは何も入っていない。
説明書きを読むと、粉末スープは麺にからめるのではなく、麺の茹で汁でスープを作るらしい。
これは北海道のカップ焼きそば「焼きそば弁当」と同じ発想だ。
しかも、「焼きそば弁当」ではスープのために別途にマグカップなどの容器を用意しなくてはならないが、この炸醤麺にはちゃんとスープ用の容器がついている。
それがこの二つ目のカップだ。
見た目はカップと言うより、桶である。
なお、タイのカップ麺には必ず折り畳み式のフォークが付いている。
カップ麺も箸やフォークがなければ食べられない。
日本のカップ麺も昔はフォークが付いていたような記憶があるが、いつのころからなくなったのだろうか?
日本も台湾もコンビニでカップ麺を買えば割り箸くらいくれるので、フォークが内容されていなくても特に問題ないのだが、、。

桶二つ
[二つ目の桶(カップ)はスープ用]

熱湯3分。
出来上がったかなと思ったが、日本のカップ焼きそばなら必ずある湯切口がない。
お湯を注ぐために剥がした蓋の部分から麺を箸で押さえながら注意深くお湯をもう一つのカップの方へ注ぐ。
粉末スープの量があまり多くなかったので、お湯を入れすぎると薄味になりすぎると思い、半量だけ湯切りしたお湯を入れて、残りのお湯は捨ててしまう。

炸醤のソースを麺の上にあける。
臭いをかいでみる。
炸醤ソースの中華風香辛料の臭いもするが、インスタント麺独特の臭いも強い。
最近のインスタント麺ではこれほど麺の臭いが強いものも珍しいのではないだろうか?
スープの香ではなく、インスタント麺のなんとなく化学薬品的な匂いなので食欲をそそるようなものではない。

混ぜれば完成
[あとは混ぜるだけ]

臭いのことは気にせず炸醤ソースを麺にからめる。
ちょっとソースの量が少ないのではないかと思ったが、ソース自体の味はかなり濃いので、少量のソースで味は十分なようだ。
肉は入っていないが、野菜らしきものもなく、ひたすらソース、いやタレだけでちょっと寂しいが、味そのものはちょっと苦みがあって、ピリ辛で台湾の炸醤麺の味がする。
嫌いな味ではない。
食べれる、食べれる。
スープの方だが、お湯は半量にしたつもりだったが、まだ薄味で、なんとな間の抜けたような感じのするスープ。
これだったら付いてなくてもよいくらいかもしれない。
スープにはほんの申し訳程度の具材も入っているが、何かの間違いで混入してしまったかといった程度である。
いっそのこと、粉末スープもスープとしていただかずに、麺に絡めた方がおいしいのではないかと思った。

購入履歴
[コンビニの値札には二つ目半額と書かれていのに、購入履歴では定価で処理されている]

その後調べてみると、維力の炸醤麺はカップ麺だけではなく、袋麺でも炸醤麺があるようだし、炸醤ソースだけの瓶詰も製品化しているらしい。
たしかに麺は星一つだったが、炸醤ソースは美味しかったので、炸醤ソースを使ってうどんに混ぜたら旨そうな気がする。

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ソンクラン正月に一時帰国 その3 (深夜の台北)
4月19日 火曜日
成田空港を出発するのが遅れ、台北の空港に到着したのは午前1時を過ぎていた。
乗継の飛行機は午前7時20分なので十分すぎるほど時間はあるのだが、このバンコクへの帰り道でも「又一村」へ行こうと計画している。
又一村で冷凍の水餃子を買い込みバンコクへ持ち帰ろうという算段である。
又一村は午前3時まで営業しているというが、今から市内に向かうとなるとあまり時間的な余裕はない。

台湾の人たちはのんびりしていそうでありながら、飛行機から降りるときは、シートベルト着用のサインが消えるか消えないかのうちに通路に立ち、出口に殺到する。私はエコノミークラスの一番先頭に座っているので慌てることはしないが、何人かのエコノミーの乗客はスチュワーデスがビジネスクラスとを仕切るカーテンを閉める前に、前方へ駆け抜けていった。

こんな時間にもかかわらず入国審査場は込んでいたが、今回も優先入国を利用させていただいたので、少しも時間がかからずに通過。受け取り荷物もないのでターンテーブルも税関もスルーでスイスイ。

ネコの遊ぶターンテーブル
[荷物受け取りのターンテーブルには切り抜きのネコが遊ぶ]

飛行機から降りて10分もかからずに台北市内行きのリムジンバスに到着。
そしてすかさずバスがやってきた。
何という高タイミングだろう。

午前2時半、又一村はまだ営業していた。
そろそろ店じまいをしようとしているようで、床掃除などしているが、それでもまだお客の出入りはある。
持ち帰りを注文するお客もいる。

前回は水餃子が冷めてしまっていたので、今回も同様だと残念すぎるので、今回の注文は水餃子を5個のみとして炸醤麺も注文してみる。
しかし、冷めているのではないかと言うのは杞憂で、熱々の水餃子であった。

ジャージャー麺と水餃子
[炸醤麺はグチャグチャと混ぜてしまって見苦しくなってしまった]

やっぱり熱々の水餃子は美味しい。
それに炸醤麺も旨い。
ビールが欲しくなるところだが、もうすぐ閉店、長居は禁物。

熱々水餃子
[熱々でおいしい水餃子5個で25元]

どこからか黒い犬が店の中に入ってきた。
この店で飼われている犬のようで、閉店時間を待って帰ってきたらしい。
よくなつく犬で、店の人たちからは「クロ」と呼ばれていた。
黒い犬だから「クロ」と言うのは分かりやすいのだが、ここ台湾で、しかも現在でも犬に日本風の名前を付けることがあることを知ってなんだかうれしくなった。

犬の名前はクロ
[犬の名前はクロ]

さて、午前3時、又一村閉店の時間。
看板の明かりも消えました。
とうとう最後の客となり、冷凍餃子4袋、80個をお持ち帰り。

又一村
[午前3時、閉店の時刻となりました]

1時間くらい台北市内を駅に向かって歩き回る。
学生のころに滞在することの多かった圓環周辺も歩いたが、全く変わってしまい、昔は林立していた古めかしい旅社など1軒もなくなり、近代的なビジネスホテルになっていた。
圓環もロータリーではなく、普通の交差点になってしまって、なんだか寂しい。

台北新公園(二二八公園)へも足を向けてみた。
この周辺も旅社がたくさんあったのだが、全滅しているようだった。
犬の名前など、台北に残っているものもあるが、消えていくものもたくさんあるようだ。

夜明け前、歩き回ったが、ほとんど人通りがなかった。
そんな中で目についたのは、歩道では新聞配達する人たちが路上で新聞への折り込み作業風景だった。
雨が降ったら、この作業はどうするのだろうか、、、。
私はそろそろ眠たくなってきたが、この人たちはもう朝を迎えている。

空飛ぶ屋台
ほぼ定刻にバンコク行きの飛行機に乗り込む。
隣のゲートに駐機している飛行機には屋台のイラストが描かれている。
さすが食い倒れの台湾の飛行機だ。
しかし、飛び立つ前に機内で急患が発生したとかで、医師の呼び出しをしたり、飛行機から降ろしたりと、時間がかかり、やはり出発も1時間遅れた。
今回もエコノミークラス最前方で、運が良かったのかプレミアムエコノミーの席であった。

澎湖島上空より台湾を臨む
[台湾海峡上から台湾が見える 山並みが素晴らしい]



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ソンクラン正月に一時帰国 その2(春の東京)
4月15日 金曜日
台北発午前4時と言うのに満員の乗客を乗せた中華航空は8時には成田空港へ到着。
乗客の大半が台湾からの団体観光客。
さらに同じ時刻にバンコクからのエアーアジアもてんこ盛りのタイ人観光客を乗せて到着していた。
入国審査場は、これらの訪日観光客であふれかえっている。
外国人用の審査カウンターだけでは処理しきれないようで、日本人の審査カウンターにも並ばせている。
おやおや、こりゃ大変だなと観光団の後ろに赤いパスパートを持って並んだら、整理をしている係官から「あ、日本人の方ですね、、ならどうぞ前へ」と列の一番先頭へ割り込まさせてもらった。
まぁ、日本人専用のところを訪日観光客に開放して対応しているところへ、日本人が来たから、並ばずに前へと言うのは、理屈としては当然なのだが、なんだか並んでいる人に悪い気がする。
そして、後ろから「日本人優先?」と言う声も聞こえてきて、なんだか肩身が狭い。

自宅最寄り駅へ降り立ったらば、東京はいいお天気の春であった。
生産緑地に指定されている空き地には菜の花がそよ風に揺れていた。
うーむ、いい季節に来たようだ。

春の花は菜の花
[天気も良し、菜の花がそよ風に揺れる]

帰宅をして、お母さん(配偶者のことです)に土産の干しイチヂクを進呈する。
タイにもこの種のイチヂクはあるのだが、どうもタイのモノはこのようにドライフルーツには向かないようで、土産のイチヂクも中近東産の輸入ものである。
関税の高いタイからわざわざ買ってくるようなものではないが、このところこのイチヂクをとても気に入っているようなので、ここ何回かイチヂクを持ってきている。

そのほか、前回中華航空に乗ったとき、機内食用のプラスチック製ナイフ、フォークと一緒に付いてきた爪楊枝が、大変高機能なものであった。
これをお母さんに進呈しようと、今回の機内食2回分、2本の爪楊枝も使わずにポケットにしまってきた。
そして、いざプレゼントして爪楊枝の入っているサックを破ってみると、何の変哲もない普通の爪楊枝であった。

午後からおフクロさんの墓参りに、近所の小平霊園まで自転車に乗っていく。
小平霊園も春が来ていた。
最近、墓参りについて考えることがあった。
4月初めは清明節でタイの華僑たちは祖先の墓参りに出かける。
会社のスタッフたちも近県にある墓所へ一族揃って行ってきたものが何人かいて、墓参り用のお菓子などおすそ分けにもらった。
しかし、本来タイ人には墓参りなどと言う風習はない。
大体、墓などないのである。
死んだら、火葬しておしまいである。
なんとなく、法事や葬式にはお坊さんが呼ばれるので、お墓と仏教とは切っても切れない関係のように最近まで思っていたわけだが、
どうやら本来の仏教ではお墓や先祖の供養なんてものはないらしい。
仏教の教えは、輪廻転生。
死んだら別の命に生まれ変わることになっており、お墓など不要なのである。
だから、タイの人たちは来世のために、功徳を積もうとするのである。
私もタイ式で良いような気がする。
来世では金持ちになりたいとも思わないし、人間でなくても構わない。
まぁ、ネコあたりにでもなれれば御の字だ。
どうやら、お墓は中国文化が影響しているらしい。
仏教も中国の影響を受けて、輪廻転生と矛盾することになったようだ。

墓参りを済ませて、愛車のラビットスクーターが動くかどうかテストしてみる。
はじめはなかなかエンジンがかからなかったが、しばらく放置したらエンジンがかかるようになった。

風呂を沸かしてゆっくりと入浴。
お母さんは毎日フィットネスセンターでお風呂をしてくるので、今年になって一度もお風呂を沸かしたことがないと言っていた。
私も毎週末バンコク・スタジアムに通って汗を流しているけれど、お風呂なんかはない。
シャワーも水だけ。
アパートにもお風呂はない。
日本へ帰って、お風呂に入れるのは、とてもうれしい。

さて、今晩は弟と夕食を一緒にするつもりでいたのだけれど、昨晩熊本で発生した地震のため、週末返上で忙しくなってしまったらしい。
残念だけど、致し方がない。

<hr>

翌、4月16日土曜日、午前中から東中野へ向かう。
西武線の中井で降りて、山手通り沿いに15分ほど歩く。
一水会の皆さんとの待ち合わせは11時に東中野駅の改札口。
52歳の私が最年少と言うことになっており、本日最年長の方が、梅若能楽院会館で能を舞うので、それをみんなで観賞することになっている。
一水会の皆さんとお会いするのは7年ぶり。
だいたい夕刻からの飲み会だけに参加させてもらっているので、ラフなジーパン姿で来てしまったが、
どうやら皆さんジャケットを着用されている。
うーむ、能の世界は上流社会につながっていることを忘れていた。
地謡には家元の方が複数いらしているようだし、こんな格好だと門前払いされてしまうかもしれない。

少し早いが、蕎麦屋で昼にする。
蕎麦屋などに入るのは何年ぶりだろう。
そばを食べるべきか、丼モノを食べるべきか迷ったが、私はキツネそばを注文。
土曜日のお昼時、出前の注文で忙しそうである。
日本の蕎麦屋は出前をするから凄い。
宅配のピザも出前みたいだが、蕎麦屋は食べ終わった食器の回収にも回るので、一軒のお宅に2往復もすることになるわけだ、人件費を考えてたら出前なんてできないのではないだろうか。
久しぶりの蕎麦屋のそばであったが、ちょっと茹ですぎた更科そばで、腰と風味があまりなくちょっと残念だった。

能の演目は「遊行柳」。
私は勉強不足のため、舞台を見ていてもストーリーがよくつかめないし、後ろで謡われている内容も聞き取れないのだが、舞台から会場へ向かって放たれている一瞬の隙もないような緊張感だけは感じられた。
そして、その緊張感を破るかのように、演者は時々舞台をドンと踏み、大きな音が響きわたる。
解説を読むと、柳の木の精が現れ、その精は草木であっても成仏できることを知り喜ぶというものらしい。
見どころとして「手飼いの虎」を引く演技があるということであったが、どの部分がそれなのか、恥ずかしながらよくわからなかった。
しかし、「手飼いの虎」とはネコのことだそうで、能の世界にもネコが登場しているとはちょっとうれしい。

能を鑑賞させていただいたのち、新宿へ出で首席となる。
まだ明るいうちから飲み始めるのはお天道様から怒られそうだが、会のメンバーが付いていてくださるので、大目に見ていただけるだろう。
酒席の会場は、新宿小田急デパート13階にある「膳菜さがみ」と言う和食レストランである。
小田急デパートなんかに入るのは何十年ぶりだろう。
40年以上前、誕生日の時などよく母親にこのデパートへ連れてきてもらったことがある。
プレゼントを買ってもらった後は、上の階にある「バルーン」と言うレストランで食事をした。
エレベーターあたりの雰囲気は昔とあまり変わっていないような気がする。
13階でエレベータを降りると、14階との間にはエスカレーターがある。
うん、たしか昔もこのエスカレーターがあった。
なつかしい。

生ビールをいただき、黒ビール、そして清酒生酛、、、刺身、巨大な油揚げ、丸干し、、、やっぱり日本の食べ物は美味しい。
一水会のメンバーの話も面白い。
こうした席で聞いた話を、またどこかで受け売りで話したくなる。

子供のころの思い出の「バルーン」は既になく、当時バルーンがあった場所には「なだ万賓館」が入っていた。

<hr>

翌、4月17日日曜日、一昨日エンジンがかかったラビットスクーター1号に試乗を試みる。
エンジンは一発始動で、快調と思われ、さっそく騎乗して走り出してみた。
久々にラビットスクーターに乗って喜んだのもつかの間、500メートルも走ったところでエンジンが止まってしまった。
どうしたことだろうと、スーターターボタンを押すと、エンジンはかかるが、今度はものの100メートルも走らずにエンジンが止まる。
こんな状態を繰り返しているうちに、一度に走れる距離が、100メートルが、50メートルになり、20メートルになりして、とうとうエンジンもかからなくなった。
こりゃ困ったな、分解修理をするには時間が足りないかな、とりあえず考えられるのは燃料系統。
キャブレターにつながる燃料ホースを外してみたら、やはり燃料が来ていない。
どうやら燃料コックあたりででも詰まっているのだろう。
タイヤに空気を入れるポンプで圧縮空気をホースから吹き込んだら、燃料タンクでボコボコボコと泡立つ音がして、ホースから真っ茶色のガソリンが流れてきた。
ガソリンも随分と以前に給油したもので、それがいつだったかは思い出せない。
こんなに汚れたガソリンでもエンジンが回るのだからラビットスクーターは相当にタフだ。
ホースをキャブレターに繋ぎなおしたら、再び快調にエンジンが周りはじめ、今度は途中で止まってしまうようなことはなかった。

夕方、Kトール君と井の頭線の浜田山駅で待ち合わせ。
私は待ち合わせ時刻の15分前に到着していたが、トール君は15分過ぎても現れない。
彼の携帯電話へ公衆電話から電話したら、もうとっくにタク君の店に来ているとのことだった。

タク君の店だが、ファッティーズと言う創作イタリアンの店。
ネットで見るとなかなかの高評価を得ているようだ。
http://tabelog.com/tokyo/A1318/A131805/13136430/
大きな店ではなく、オープンキッチンを囲むカウンターと、壁際の狭いところにテーブル席がいくつか。
店はタク君がオーナーシェフで、奥さんがソムリエ兼ウエイトレス、そしてもう一人若い男性が厨房に立つ。
トール君は家族同伴できていた。
奥さんと二人のやんちゃな男の子。

生ハムも注文ごとにスライス
[生ハムもこそげとって皿に盛りつけてくれる]

タク君の店は肉料理が得意なようだが、私はあんまりお肉が得意ではないので、スズキのカルパッチョやサラダなどを頂いた。
シャブリもグビグビと飲ませていただいたが、冷やし加減がとてもよくて、キレとさわやかさがある。
チェンマイのレモンツリーで修業したタク君は一部にタイ料理をアレンジしている。

グリーンカレーと手羽
[鶏手羽とグリーンカレー]

このグリーンカレー、ココナツミルクがたっぷりで、少し甘ったるい感じがするが、これにちょっとスパイシーでクリスピーな手羽をディップして食べる。
この店の名物にもなっているようだ。

しかし、私が食べた中で、これは正真正銘「スゴイ」と感動したのは、タイ・ハーブであるコブミカンの葉(バイマックルー)を入れた手作りソーセージ。
これにはたまげた。
ビールにも合うし、辛口の白ワインにもピッタリ。
なんとなく、チェンマイ名物のサイウア(チェンマイソーセージ)を想起するような逸品。

本当は、ゆっくりチェンマイでの昔話をしたかったのだけれど、日曜日の夜にも関わらず、店は満員御礼の大盛況。
予約なしのお客様は頭を下げてお断りしなくてはならない状況で、タク君は厨房で大忙し。

忙しい厨房

浜田山周辺にはほかにも何軒かイタリアンや創作料理のこぎれいなレストランがあったけれども、タク君の店ほど繁盛している店はないようだった。

<hr>

4月18日 月曜日、東京での最終日。
夕方には成田空港へ向かうことになっている。
午前中にもう一度墓参りに行く。
復活したラビットスクーターに乗っていく。

OVタンカzSラビットスクーターと桜
[小平霊園にて 左下にラビットスクーター]

小平霊園はとても広い霊園で、大変よく整備されている。
ここに眠るおフクロさんも、生前ここが好きでよく自転車で出かけていたようだ。
八重桜が咲いており、藤の花房も少し咲きかけている。
地面には関東ローム層の真っ黒な土を若々しい芝の緑が覆い、ところどころにタンポポも咲いている。

濃淡二色の桜
[小平霊園のサクラ 濃淡二色のピンク]

桜は我が家の前にも立派な大木が何本かあり、ソメイヨシノと八重桜が咲く期間を少しずつずらして、だいたい一か月近く我が家の窓からの景色をピンク色にしている。
ただ、そのうちの一本の桜は、大変立派な枝ぶりであったのだが、今年の大雪で、その枝が折れてしまった。そのため、他の桜たちが咲き誇っている中で、一本だけ寂しい春になっていた。

家の前のサクラ
[我が家の前のサクラ]

成田空港から台北へ向かう飛行機もほぼ満席であった。
そして、管制塔の指示で離陸許可待ちとのことで、また1時間近く出発が遅れた。




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